兵法の代表的古典「武経七書」のひとつ、『三略』です。
こちらは問答形式で戦い方、陣構え、戦術などの疑問に答える形で説明している兵法書となります。
『六韜三略』と並べて扱われることも多く、内容的には『老子』の影響を受けており、「上略」「中略」「下略」の三部構成のため『三略』と呼ばれています。
これもあまり知名度の高い兵書ではありませんが、「柔よく剛を制す」は『三略』の言葉です。
張良が始皇帝の暗殺に失敗して潜伏していた時に、 謎の老人・黄石公から授かった太公望呂尚の兵法書がこの三略であったという逸話もあるため、この老人にちなんで『黄石公三略』ともいわれます。
「軍識曰、柔能制剛、弱能制強。柔者徳也、剛者賊也。弱者人之所助、強者怨之所攻。柔有所設、剛有所施、弱有所用、強有所加。兼此四者、而制其□。」とあり、
「軍事指針である軍識には、『柔』でも『剛』を制することができ、『弱』でも『強』を制することができると書かれている。柔の者は『徳』、剛の者は『賊』である。弱の者は人に助けてもらえるし、強の者は恨まれて攻められる。柔にも剛にも弱にも強にも使い所がある。この四者を適宜使い分けるのだ」
というのが元々の言葉です。
それぞれ長短があって、要は使いようであるということが根底にあります。
最も古い記録とみられるのが『後漢書』臧宮伝で、「黃石公記曰、柔能制剛、弱能制彊」と引用されています。
『三略』と呼ばれるようになったのは三国時代以降とされ、『隋書』経籍志には「黃石公三略三卷(注:下邳神人撰、成氏注。梁又有黃石公記三卷、黃石公略注三卷。)」と記されています。
なお、この時代黄石公に関する書が多くあったようで、『隋書』には他にも「黃石公內記敵法一卷」「黃石公陰謀行軍祕法一卷」「黃石公兵書三卷」などの書名が見えます。
【三略の概要】
上、中、下の三つの策略から成っているため、三略といいます。
政治思想や軍事思想を説いており、老子の政治論や戦争感を敷衍したのが三略となります。
上略:政治を整えるには人材を招くことが先決であることを説き、あわせて政治の要諦についてとりあげている
多く『軍讖』の語を引用しています。有能な人材を登用することと、政治の要点を説いています。
中略:策略の必要性、組織の統制術などを説く
多く『軍勢』の語を引用しています。策略の重要性と組織の統制などを説いています。中に『三略』を著わした意図を記す文章があり、特色のあるものとなっています。
下略:治国の要諦や臣下の使い方などを説いている
治国の要点や臣下の使い方を説いています。
『三略』はわずか三部ですが、それぞれ長文になっており、政治・軍事についての要点が順番に書かれています。
中国の兵法書の特徴は軍事・戦略面だけではなく、政治(内政)についても多く記述していることにあり、「戦わずして勝つ」ということは中国兵法の真髄で、この『三略』も同様です。
まずは人心を得る、将兵の心を掌握することが第一。
戦争とは悪を征伐するものという伝統的な戦争観に立ちながら、基本は戦争を避けるという『孫子』と同様の立場に立っています。
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以下参考までに、現代語訳にて一部抜粋です。
【上略】
・務めて英雄の心を攬る:将たるものはしっかりと将兵の心を掌握しなければならない。心をとらえないと、国や家を滅ぼしてしまう。
・柔よく剛を制す:柔であれば人から慕われ、剛であれば人から憎まれる。弱であれば助けてもらえるが、強であれば目の敵にされる。
・動けばすなわち随う:天地のはたらきは常に変動してやまない。戦いも同じで、敵の動きに応じて自在に対応しなければならない。
・柔の道を守らば:柔の道をしっかりと守りさえすれば、生命をまっとうできるのである。
・能く柔に能く剛なれば:柔と剛を使い分ければその国はますます栄え、弱と強を使い分ければその国はますます強くなる。
・衆心を察し百務を施す:政治の要諦は、民の心を察知し、それに基づいて政策を実施することにある。
・挙に順ってこれを挫き:正当な手段で相手をくじき、宣伝に務めて相手の失政を明らかにし、人材の招聘をはかるべきだ。
・下に下るは君たり:人民をいたわり国を豊かにし、人材を選んで人民を治めるのが人君の道である。
・兵を用うるの要は:将兵を用いるのに大切なのは、礼を厚くし高給を保証して遇してやることである。
・安危を共にするは:将たる者は、食事も苦労もつねに兵士と共にしなければならない。そうあってこそ、勝利を収めることができる。
・将の威を為す所以は:将たる者が威信を示すことができるのは、号令を貫徹させているからである。
・賞罰明らかなれば:賞と罰を明らかにすれば、将たる者の威信が確立する。
・将は国の命なり:将にはその国の運命がかかっている。将が勝利を収めてこそ、国は安定するのである。
・将たる者:将たる者は賢者の知恵、聖人の配慮、民の願い、朝廷の意向を酌み、興亡の原理を学ばなければならない。
・慮や、勇や:思慮と勇気、行動と怒りは将たる者になくてはならないものである。しかしこれらはくれぐれも慎重でなければならない。
・礼は士の帰する所:礼をつくせば有能な人材が集まってくるし、恩賞をはずめば命を投げ出して働く人材が集まる。
・師を興すの国は:軍事行動を起こそうとするなら、まず自国の民に恩恵を施しておかなければならない。
・国虚しければ:国庫が空になると、民は窮乏し、その結果、上下の信頼も崩れてしまう。
・上、暴虐を行えば:上の者が暴虐であれば、下の者もそれを見習って残酷なことをし、平気で殺しあうようになる。
・善を善として進めず:善だと知りながら実行せず、悪だと知りながらやめようとしない。このようだと国を滅ぼしてしまう。
・佞臣、上に在れば:口達者で腹黒い人が上の地位につくと、全軍が不満をもらす。このような人を登用してはならない。
・異言を察すれば:君主たる者、色々な人材を登用して、他の者の言うことにも耳を傾けなければならない。
【中略】
・三皇は言なくして:三皇の時代には天下はおのずから治まり、五帝の時代には命令を下して天下を治め、三王の時代には法律を定めて天下を治めた。 覇者の時代になると、信頼をもって臨みながら、一方では恩賞をもって使いこなさなければならなくなった。
・将は自ら専らにするに在り:将たる者は指揮権を掌握しなければならない。君主が口をはさめば、作戦を成功させることはできない。
・主は以て徳なるべからず:君主に徳がなければ臣下に背かれてしまう。また威厳もなければ、臣下に対する押さえが効かなくなる。
・人主深く上略を暁れば:上略をよく理解すれば、すぐれた人材を登用して敵に打ち勝つことができる。中略をよく理解すれば、将軍を統制し、兵士を使いこなすことができる。 下略をよく理解すれば、盛衰の原因や治国の要諦について洞察を深めることができる。
・高鳥死して良弓蔵われ:空飛ぶ鳥が射落とされてしまうと良弓も仕舞われ、敵国が滅びてしまうと謀臣も用済みとなる。
【下略】
・賢を求むるに:賢人を招くには徳を身につけなければならないし、聖人を招くには道に則った政治をしなければならない。
・体を降すに礼を以てし:民の体を使うには礼に則らねばならないし、民の心を帰服させるには生活に楽しみを与えなければならない。
・近きを釈てて遠きを謀る者:身近な問題を棄てておいて遠い先のことばかり考える者は、苦労する割に成果があがらない。
・君より出でて臣に下る:君が臣に下す指示を「命」といいそれを文書に記録したものを「令」という。これを実行に移すのが政治である。
・人を尚べば、下、力を尽くす:賢者を尊重すれば、臣下もおのずから力を尽くすようになる。
・上を犯す者誅せられ:命令に従わない者を誅殺し、貪欲な者を捕らえれば、教化が行き渡ってもろもろの悪がなくなるのである。
・清白の士は:清廉潔白の士は爵禄で釣ることはできないし、節義を重んじる士は刑罰でおどすことはできない。
・聖王の兵を用うるは:聖王が兵を用いるのは、好んでするわけではない。世の暴君や乱臣を討伐するためである。
・一を去りて百を利すれば:一害を取り除いて百利を生ずれば、おのずから民は君徳を慕うようになる。 さらに一害を取り除いて万利を生ずるようになれば、政治にも乱れが生じなくなる。