水墨画に観る、深山幽谷と幽玄の美しさ!

水墨画は中国唐時代に誕生し、禅の思想とともに日本に伝わってきました。
四季のある日本の自然環境と溶けあい、「墨は五彩を兼ねる」の言葉通り、日本人の生活や美的感覚によって筆墨の表現のみで深められてきた高度な芸術様式です。
「紙」と「墨」と「水」が筆の仲立ちによって交わり、白と黒だけで展開される水墨画の表現は「幽玄」※)という一語で形容されるほど、多くの人々に共感とある種のあこがれを与えてきました。
※)幽玄の言葉自体は、以前に少し整理してあります。
 幽玄、風雅!日本美の情趣、柔和さや上品さを伴う遊びの日本文化理念!

では、中国と日本との水墨画の違いは何でしょうか?
そもそも中国で誕生した水墨画は、色彩の記憶を持っており、それを忠実にモノクローム化したものです。
しかし、日本に伝わった時点でモノクローム化された水墨画の技巧は既に出来上がっていたため、最初から色彩の記憶はありません。
そのため、白と黒だけであるにも関わらず、それが様々な濃淡の差異で表現され、日本独特の繊細な形で完成されていったのです。

そんな水墨画ですが、明治以降筆と墨を持たなくなった西洋化された生活スタイルの変化により、衰退の一途を辿ります。
水墨画に対する美意識や造詣は未だに息づいているものの、画風の発展・進化という意味ではこの100年以上大きな変化が見られないのは残念なことです。
21世紀なりの新たな進化と発展の可能性を秘めている水墨画。
日本人の生活や美的感覚を研ぎ澄ます手段のひとつとして、改めて見直す機会を持ってはいかがでしょうか?

【日本の代表的な水墨画家達】
・吉山明兆
 室町時代前・中期の臨済宗の画僧。
 東福寺永明門派大道一以の門下で画法を学んだ。
 東福寺には、『聖一国師像』や『四十八祖像』、『寒山拾得図』、『十六羅漢図』、『大涅槃図』など、多くの著名作品がある。
 中国の仏画をもとにした明るい画風は、のちの室町物がに大きな影響を与えた。

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・能阿弥
 室町時代の水墨画家、茶人、連歌師、鑑定家、表具師。
 幕府における書画等(唐物)の鑑定や管理を行い、阿弥派の開祖とされ、鶴図を描き足利義政に絶賛されたといわれる。
 子の芸阿弥、孫の相阿弥とともに三阿弥と呼ばれる。
 著書に『君台観左右帳記』、東山御物の目録である『御物御絵目録』、自筆巻子として「集百句之連歌巻」がある
・雪舟
 室町時代に活動した水墨画家・禅僧。
 京都相国寺で修行した後、遣明船に同乗して中国(明)に渡り、李在より中国の画法を学んだ。
 現存する作品の大部分は中国風の水墨山水画であり、明代の浙派の画風を吸収しつつ、中国画の直模から脱した日本独自の水墨画風を確立。
 後の日本画壇へ与えた影響は大きい。
 現存する作品のうち6点が国宝に指定されており、代表作は、「四季山水図(山水長巻)」「秋冬山水図」「天橋立図」「破墨山水図」「慧可断臂図」など。

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・狩野正信
 室町時代の絵師で、狩野派の祖。
 京では幕府御用絵師の宗湛(小栗宗湛)に師事。
 画風は、現存作品から見る限りでは漢画(大和絵に対して中国風の画を指す)系の水墨画法によるものが多い。
 中国の故事を題材にした『周茂叔愛蓮図』が、後の狩野派の進むべき方向をも決定づけた代表作と見なされている。
 他に『山水図』、『崖下布袋図』『竹石白鶴図』(六曲屏風1隻)など。

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・長谷川等伯
 安土桃山時代から江戸時代初期にかけての絵師。
 日蓮宗や大徳寺など有力寺院の障壁画を手がけ、長谷川派と呼ばれる一派を率いて狩野派との対立を繰り広げた。
 水墨画・着色画のいずれも、やまと画や永徳一派の影響を受けながら独特の発展を見せた。
 祥雲寺(廃寺)の金碧障壁画と、松林図屏風が代表作。

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・俵屋宗達
 江戸時代初期の画家。
 京都で「俵屋」という当時絵屋と呼ばれた絵画工房を率い、扇絵を中心とした屏風絵や料紙の下絵など、紙製品全般の装飾を制作。
 当代一流の文化人であった烏丸光広や本阿弥光悦らの書巻に下絵を描き、嵯峨本の出版にも関与。
 著名な「風神雷神図」のような装飾的大画面のほか、蓮池水禽図、源氏物語関屋及び澪標図など。

TawarayaSotatsu

・尾形光琳
 江戸時代の画家。工芸家。
 後代に「琳派」と呼ばれる装飾的大画面を得意とした画派を生み出した始祖。
 「艶隠者」と呼ばれた貴族的・唯美主義的作家であり、宮廷風に美麗で、日本的かわいらしさの美学を強く打ち出した。
 大画面の屏風のほか、水墨画、香包、扇面、団扇などの小品も手掛け、手描きの小袖、蒔絵などの作品もある。
OgataKorin
・丸山応挙
 江戸時代中期~後期の絵師。
 近現代の京都画壇にまでその系統が続く「円山派」の祖であり、西洋の透視遠近法を身につけ、写生を重視した親しみやすい画風が特色。
 「足のない幽霊」を描き始めた画家とも言われている。

MaruyamaOkyo

・池 大雅
 日本の江戸時代の文人画家、書家。
 中国渡来の画譜類のみならず、室町絵画や琳派、更には西洋画の表現を取り入れ、独自の画風を確立した。
 中国の故事や名所を題材とした大画面の屏風、日本の風景を軽妙洒脱な筆致で描いた作品など、作風は変化に富む。

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