【源氏物語】 (陸拾漆) 松風 第四章 紫の君の物語 嫉妬と姫君への関心

紫式部の著した『源氏物語』は、100万文字・22万文節・54帖(400字詰め原稿用紙で約2400枚)から成り、70年余りの時間の中でおよそ500名近くの人物の出来事が描かれた長編で、800首弱の和歌を含む平安時代中期に成立した典型的な長編王朝物語です。
物語としての虚構の秀逸、心理描写の巧みさ、筋立ての巧緻、あるいはその文章の美と美意識の鋭さなどから、しばしば「古典の中の古典」と称賛され、日本文学史上最高の傑作とされています。
物語は、母系制が色濃い平安朝中期(概ね10世紀頃)を舞台に、天皇の親王として出生し、才能・容姿ともにめぐまれながら臣籍降下して源氏姓となった光源氏の栄華と苦悩の人生、およびその子孫らの人生が描かれているのです。

そんな今回は、「松風」の物語の続きです。
【源氏物語】 (壱) 第一部 はじめ

第四章 紫の君の物語 嫉妬と姫君への関心
 [第一段 二条院に帰邸]
 邸にお帰りになって、しばらくの間お休みになる。山里のお話など申し上げなさる。
 「お暇を頂戴したのが過ぎてしまったので、とても申し訳ありません。この風流人たちが尋ねて来て、無理に引き止めたので、それにつられて。今朝は、とても気分が悪い」
 と言って、お寝みになった。例によって、不機嫌のようでいらしたが、気づかないないふりをして、
 「比較にならない身分を、お比べになっても、良くないようです。自分は自分と思っていらっしゃい」
 と、お教え申し上げなさる。
 日が暮かかるころに、宮中へ参内なさるが、脇に隠して急いでお認めになるのは、あちらへなのであろう。横目には愛情深く見える。小声で言って遣わすのを、女房たちは、憎らしいとお思い申し上げる。

 [第二段 源氏、紫の君に姫君を養女とする件を相談]
 その夜は、宮中にご宿直の予定であったが、直らなかったご機嫌を取るために、夜が更けたが退出なさった。先ほどのお返事を持って参った。お隠しになることができず、御覧になる。特別に憎むような点も見えないので、
 「これ、破り捨ててください。厄介なことだ。このような手紙が散らかっているのも、今では不似合いな年頃になってしまったよ」
 と言って、御脇息に寄り掛かりなさって、お心の中では、実にしみじみといとしく思わずにはいられないので、燈火をふと御覧になって、特に何もおっしゃらない。手紙は広げたままあるが、女君、御覧にならないようなので、
 「無理して、見て見ぬふりをなさる眼つきが、やっかいですよ」
 と言って、微笑みなさる魅力、あたり一面にこぼれるほどである。
 側にお寄りになって、
 「実を申すと、かわいらしい姫君が生まれたものだから、宿縁は浅くも思えず、そうかといって、一人前に扱うのも憚りが多いので、困っているのです。わたしと同じ気持ちになって考えて、あなたのお考えで決めてください。どうしましょう。ここでお育てになってくださいませんか。蛭の子の三歳にもなっているのだが、無邪気な様子も放って置けないので。幼げな腰のあたりを、取り繕ってやろうなどと思うのだが、嫌だとお思いでなければ、腰結いの役を勤めてやってくださいな」
 とお頼み申し上げなさる。
 「思ってもいない方にばかりお取りになる冷たいお気持ちを、無理に気づかないふりをして、無心に振る舞っていては良くないとは思えばこそです。幼ない姫君のお心には、きっととてもよくお気にめすことでしょう。どんなにかわいらしい年頃なのでしょう」
 と言って、少し微笑みなさった。子どもをひどくかわいがるご性格なので、「引き取ってお育てしたい」とお思いになる。
 「どうしようか。迎えようか」とご思案なさる。お出向きになることはとても難しい。嵯峨野の御堂の念仏の日を待って、一月に二度ほどの逢瀬のようである。年に一度の七夕の逢瀬よりは勝っているようであるが、これ以上は望めないことと思うけれども、やはりどうして嘆かずにいられようか。

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