「世界はなぜ均一ではないのか。地域間の格差がある理由は何か。」
こうした命題に真っ向から挑み、食料生産力の違いが環境に大きく依存することを指摘して、文明の違いが環境に由来することを論理的に説き明かした佳書である『銃・病原菌・鉄』。
副題には「1万3000年にわたる人類史の謎」とありますが、原題には「the Fates of Human Societies」とあるように、人間社会の運命を科学的な説得力で実証した傑出した良書です。
昨年から学問の在り方についてあれこれとお伝えしていますが、肝心なのは、考え、問い、学ぶということを繰り返す修養の必然性です。
安易な要約モノや超訳モノばかりに依存し、情報を得るだけの安易な○×式の思考パターンに陥るのではなく、思考を要する重厚な書物・古典に浸り、知的体験を存分に味わうということの重要性を知って頂くきっかけのひとつになれればと思っています。
そんな佳書の中のひとつ『銃・病原菌・鉄』。
1998年度にピューリッツァー賞(一般ノンフィクション部門)、1998年コスモス国際賞を受賞し、識者が選ぶ朝日新聞“ゼロ年代の50冊”(2000年から2009年の10年間に出版された書物)の第1位に選ばれた名著中の名著です。
説いている論旨は、ざっと以下のようなものです。
論旨ここから———
人類が誕生してからの歴史をたどる時、ある大きな謎にぶち当たる。
アフリカ、ヨーロッパ、アジア、南北アメリカ、オセアニア・・・・。
人類は世界各地で多様な社会を築いてきた。21世紀の現在、高度な工業社会に暮らす人々もいれば、伝統的な農耕牧畜生活を続ける人々、さらには数千年前から変わらず狩猟採集を暮らしの基盤とする人々もいる。そして、ある文明に属する人々は征服者となり、その一方で、ある文明に属する人々は征服されてきた。
「あなたがた白人は、沢山のものを発達させてニューギニアに持ち込んだが、私達ニューギニア人には自分のものといえるものがほとんどない。それは何故だろうか?」
あるニューギニア人からこの質問を受けた著者は「たまたま他と比べて白人の住む環境が優れていたからである」と答える。
そして
なぜ人類は五つの大陸でそれぞれ異なる発展を遂げたのか?
白人が他世界を征服する際に、最も破壊的な影響を与えた銃・病原菌・鉄をなぜ白人だけがそれを持てたのか?
を考察していく。
人類が一万三千年前にアフリカ大陸で誕生し、その後五つの大陸でそれぞれ独自の文明を発達させながら拡散していく。
ユーラシア大陸に住む人類には以下の利点があった。
・栽培できる食物の質が高かった
・家畜化するのに向いている動物が回りにいた
・緯度に大きな差がなかった。
食料の安定確保のため、人類は狩猟から農耕へと移行し、食物・家畜が自給・備蓄可能となるため、結果、民族の数が増えていく。
人口と家畜の密度が上がるにつれ、特定民族に疫病・病原菌が流行するが、同時にその民族は免疫を持つようになる。
免疫を持った民族が他の地域の民族を攻め込む際、攻め込まれる民族には疫病が、攻め込む民族には免疫が効果を示し、その争そいに影響を与える。
また、民族が大きくなると共に多くの発明品が生まれ発達し、文明の発展も加速していく。
ユーラシア大陸は緯度が同じ地区が長く続くため、地域間にて気温の差があまりなく、大陸内での文明の相互発達が更に加速していく。
発達した発明品の中の鉄や銃といった強力な利器を持って、白人たちは他の大陸・民族を征服、植民地化する事に成功した。
未開の地区の人が征服されたのは、白人より遺伝子が劣っていたのではなく、先進国の方が生存力が低くても社会的インフラが整っているので質の良くない遺伝子でも残せるため。
未開の地区にはエジソンのような大天才が現れないので、白人の方が遺伝的に優れているのではなく、才能を発揮する場所に恵まれ、その結果が優れてみえるだけ。
寒い地域に住む民族と違い、温暖な地域に住む民族は怠けやすいので征服されたのではなく、寒い地域は農耕などの人やモノが増える環境に適していないためであり、温暖な地域は新しい物事を開発する余裕が生まれるだけ。
論旨ここまで———
要旨は、人類の歴史においては食料生産力の違いが文明の発達の差をもたらしたということであり、食料生産力の違いが環境に大きく依存することを指摘して、文明の違いが環境に由来することを科学的に解説し、実証しているのです。
分子生物学から言語学に至るまでの最新の知見を編み上げて人類史の壮大な謎に挑む知的興奮を味わえる『銃・病原菌・鉄』。
じっくり読み込み思考するという点で、一読をお奨めします。