「八勿の訓」と「商人八訓」より学ぶ!渡辺崋山が説く交渉の心得と処し学について!

経営にも通じる、外交交渉における心構え「八勿の訓」と、商人のあり方について書いた「商人八訓」を中心に、渡辺崋山という人物にスポットを当ててみたいと思います。

江戸後期の三河田原藩士にして、蘭学者・画家の顔を持つ渡辺崋山は、佐藤一斎・松崎慊堂に儒学を学び、高野長英・小関三英らと尚歯会を結成する傍ら、谷文晁に南画を学び、のち西洋画の技法を取り入れ「一掃百態」や「鷹見泉石像」など有名な絵画を残して、写実的画風を確立した人物です。
40歳で江戸家老に栄進した崋山は、農民救済を図るため、悪徳商人と結託した計画した公儀新田の干拓や、農民の生活を脅かす領内21カ村への助郷割当の制度を、幕府に陳情、嘆願して廃止、免除させました。
また飢饉に備えての養倉「報民倉」を建築。
農学者、大倉永常を登用して甘蔗を栽培させて製糖事業を興すなど、藩政への貢献は非常に大きいと言われています。
尚歯会は、憂国の情とともに、鎖国攘夷の幕政に批判的な色彩が強いものとなっていき、時事を討議し幕臣の腐敗無能ぶりを詰問、鎖国政策を批判した『慎機論』を著したことから蛮社の獄に列座。
同藩における自分の立場から、その影響が藩主や師、友人に累が及ぶのを案じて、切腹しています。

そんな幕末の偉人渡辺崋山は、公人として真に廉潔な人であったことで知られています。
そんな崋山が常に憂えていた「日本国家」の視点、つまり「公」の視点は、交渉に臨むにあたっての心構えとして学ぶべき価値のあるものです。

天保7年(1836年)から八年に渡る田原地方の大飢饉では、病に伏せっていた崋山は方策を藩士に託し、田原藩は一人の餓死者も出す事もなく乗り切っています。
その時、田原藩の用人で崋山の信頼の厚い真木重郎兵衛定前が、藩御用金調達の目的で大坂商人と交渉を行った際、華山は真木に外交交渉における心構えを八つの「してはいけないこと」の心得=「八勿の訓」として書状を送っています。

「八勿の訓」

1.面後の情ニ常を忘スル勿レ
 相手と向かい合って面談している時、その時の感情に流されて平常心を忘れてはならない。
 交渉における人間関係は、対立的である。
 したがって、精神の安定を失いがちである。
 平常心を失うと、物事が見えなくなってしまう。
 そうなると交渉においてもっとも危険な状態に陥る。
 つまり、脅しに屈しやすくなってしまうおそれが生じるのである。
 こうなれば交渉の敗北は必至である。
 交渉に臨んでは常に平常心を保たねばならない。

2.眼前の繰廻シに百年の計を忘スル勿レ
 今現在のやり繰りにとらわれ長期的な展望を忘れてはならない。
 交渉において、短期の計画と長期の計画とのバランスをとることの重要性は、戦争における戦略と戦術の関係同様である。
 戦術の失敗は、戦略で取り戻せるかもしれないが、その逆は、不可能である。
 しかも、交渉において「既成事実」は後々までの影響力を持っている。
 一度の短期計画の誤りが後に影響を及ぼす恐れがある。
 長期的視点から現在を分析し、戦略と戦術を練らねばならない。

3.前面の功を期シテ後面の費を忘スル勿レ
 目前の利益をとろうとして、後にツケが回ってくることを忘れてはならない。
 何か結果を得るには、応分のコストがかかるのである。
 うまい話には裏があると思わねばならない。
 逆に、自ら進んでコスト(=犠牲)を払うことで、それが交渉力のアップにつながることもある。
 利益を呼び込むのである。
 コストに対する能動的な姿勢が時に重要である。

4.大功ハ緩にあり機会ハ急にありといふ事を忘スル勿レ
 大きな成功は、緩やかに成し遂げるものである。
 しかし、それを手にするためのチャンスは、突然にやってくるということを忘れてはならない。
 交渉において、忍耐は重要な要素である。
 忍耐が成功を生み出すことすらある。
 しかしいつまでも待っていればいい、ということにはならない。
 時に臨めば、すばやく行動に移らねばならない。
 交渉に臨んでは、単なる観察者ではなく、果敢なる行動者たることが望まれる。

5.面ハ冷ナルを欲シ背ハ暖を欲スルト云ヲ忘スル勿レ
 顔の表面上は冷めていることを要するが、心の内は暖かであることを要するということをわすれてはならない。
 交渉には、冷静な頭脳はもちろん温かい心もまた必要不可欠である。
 利を求めすぎて冷静が冷酷になってはならないのである。
 心が感情に動かされず、精神が安定している状態は、ともすれば、相手に冷たい人物である印象を与えかねない。
 心が温かくなければ、人はついてこない。

6.挙動を慎ミ其恒ヲ見ラルヽ勿レ
 立ち居振舞いを慎みなさい、自分の本心を見透かされてはならない。
 交渉において、相手に手の内がバレていたのでは何にもならない。
 何も馬鹿正直になる必要もない。
 戦略的に、カードを切るように手の内を明かしていくことも交渉力につながる。
 しかし、嘘はよくない。
 交渉とは、単なる騙し合いの場ではない。
 だが、交渉が情報をいかに探るか、いかに隠すかをめぐる戦いの場であることは間違いない。

7.人を欺かんとスル者ハ人ニ欺ムカル不欺ハ即不欺己といふ事を忘スル勿レ
 他人を騙そうとするものは他人に騙される。
 欺かないということは、自分を欺かないことであるということを忘れてはならない。
 交渉学においても嘘や欺瞞をよしとしない。
 一度かぎりの交渉相手でもない限り、偽ることのリスクは大きい。
 交渉においてモラルは必要である。
 共有できる最低限のモラルすら守られていないならば、交渉それ自体が成立しないからである。
 自分を欺くことは、結局、人を欺くことである。
 交渉の基本である自己を偽らないこと、すなわち、自分を信じること、これに優る交渉力はない。

8.基立テ物従フ基ハ心の実といふ事ヲ忘スル勿レ
 基本が立っていれば、あとはみなそれに従う。
 基本は誠実であるということを忘れてはならない。
 基本方針がしっかりと立っていれば、自ずと次に何をすべきかが見えてくる。
 基本とは、判断の基準である。
 逆に、基準がなければ、判断はできないということでもある。
 トップに立つということはその基準を作ることに他ならない。
 それは、他の者が従うものである以上、作る者に誠実を要求するのである。

結局「八勿の訓」の趣旨は
・情におぼれるな
・目先のやりくりばかりに気をとられるな
・見かけの功は大きく見えるが実は合っているのか
・じっくり攻めれば大功は約束されるが、逆にチャンスは逃がすな
・冷たい頭脳と熱い心を持て
・行動は慎重にして心の底を見透かされぬな
・人をだまそうとすれば自分もだまされる
・誠実な心があってこそ、物事は動く
というものです。

これは単なる交渉術ではなく、人と人とのかかわりの基本を「実」に置いた交渉学そのものです。
平成の世にも通じる「八勿の訓」を、肝に銘じてみてはいかがでしょう。

更に渡辺崋山が商人のあり方について書いたのが「商人八訓」です。

「商人八訓」

一  先ず朝は、召使いより早く起きよ
ニ  十両の客より百文の客を大切にせよ
三  買い手が気に入らず、返しに来たならば、売る時より丁寧にせよ
四  繁盛するに従って、益々倹約せよ
五  小遣いは一文より記せ
六  開店のときを忘れるな
七  同商売が近所にできたら、懇意を厚くして互いに勤めよ
八  出店を開いたら、三ヵ年は食料を送れ

「商人八訓」の趣旨は
・率先垂範
・購入金額の多寡でお客様を区別するな
・返品のときこそ大切に扱い次の来店を期せ
・繁盛し始めたからといって謙虚さを忘れるな
・小遣いの始末をしっかりやれ
・初心忘れるべからず
・同業者とはよきライバル関係に
・従業員が独立したら3年は面倒を見よ
というもので、実に商人の在り方、存在意義、身の処し方を述べたものです。

しかしこれも、商売や経営に取り組む上での処し学そのもの。
「八勿の訓」と併せて、生かしていきたいものです。

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