『自然真営道』より学ぶ!時代の先駆的思想家・安藤昌益の農業エコロジストとしての顔を知ろう!

江戸時代中期にしてはあまりに先進的なその思想は現在にも通じる、農本思想家・安藤昌益という人物がいました。
昌益は、生産活動を自然、社会、人体の統一原理とし、身分差別がなく、万人が私有地を持って生産活動に従う農業を中心とした無階級社会を理想として、武士が農民の生産を収奪する封建領主制や儒仏等の倫理的教説を徹底的に批判していました。
しかし、昌益は自身の思想が封建制にとっての恐るべき危険性を知悉していて、生前には百巻に及ぶ『自然真営道』や『統道真伝』五巻を公刊せず、その行動においても極度に慎重隠密を期していたため、死後近代の日本において社会主義・共産主義・無政府主義にも通じる思想を持った人物として再評価されるまでは、まったく無名の思想家でした。

昌益の思想体系は、当時の時代水準からは大きくらかけ離れた突飛なもので、自然哲学より認識論を経て、倫理観より政治社会哲学に至る膨大なものであり、儒教・仏教・道教・神道等、従来知られているあらゆる伝統的思想に対する徹底的な批判と闘争を通じて彼自身の哲学を押し出しているものです。
「士は武士なり。
 君下に武士を立てて衆人直耕の穀産を貪り、若し之れを抗む者あれば武士の大勢を以て之を捕縛す。
 是れ自然の天下を盗むが故に、他の己れを責めんことを恐れてなり」
とした昌益の理想社会は、荻生徂徠によって理想化された自給自足的農業社会から更に支配者としての武士を排除した農本的無政府主義に他ならないでしょう。

そんな『自然真営道』の内容は、共産主義や農本主義、エコロジーに通じる考えとされているのですが、アナキズム(無政府主義)の思想にも関連性があり、その見識の広さが見受けられる著書です。
昌益は『自然真営道』の中で、当時荒唐無稽な思弁に堕していた陰陽五行説に、本来の弁証法的・唯物論的な性格を回復・付与させています。
さらに昌益は、江戸幕府が封建体制を維持し民衆を搾取するために儒教を利用してきたと主張し、儒教の「聖人君子」とは盗人(=略奪闘争の覇者)に他ならず、既成思想(儒教、仏教)は全て盗人による支配の正当化のイデオロギーであるとして、孔子と儒教、特に朱子学、そして多くの書物を徹底的に批判しているのです。

「一切の書説、皆偏惑なり。
 悉く偏惑なり。
 偏偏・惑惑なり。
 偏惑の甚だしきなり。
 
 文字で書かれた書物のことごとくは、天真の妙道を盗むための私作だ。
 わが身を離れた遠くに思案工夫を求めるべきものではないのだ。
 すべて古聖人・釈迦・老荘・聖徳太子などの万巻の書にある言葉は、
 明徳・明心・明知ばかりを語って互性の備わりを知らない。
 だからみな横気(邪汚の気)の誤りであり、人が罪に落ちる根源である。
 鳥の世には、金銀の通用がないので、欲も迷いも盗みも乱兵も、たえてないのである。
 人間に病気があることはなかった。活真には病気というものがないからである。」

それは通用の天・地の文字に換え、同音でその自然的意味を表す「転」「定」の文字を用いるまで徹底している程。
そのため、『自然真営道』の発見者・狩野亨吉氏をして狂人の書と言わせしめるも「これ或は我が日本の国土が生むだ最大思想家にして、世界思想史上にも特筆すべき人物」と評し、後世この本を読んだレーニンはその先見性に驚愕したと言われています。
そもそも転・定・人は類似の構造を持っており、根源的食糧である米を生産する稲作農耕こそ人々が従事すべき生とされ、そのため「転定」は「直耕の転子」と捉えられたのですが、それは農民が社会を根底から支えていることの表現であったと読み解けるのです。
これは、儒学的自然観や当時の西欧で流行した機械論的自然観とも全く違う自然観です。
「直耕」、つまり自ら耕して食べることが万人の本来の生き方であり、年貢を獲って「不耕貪食」する者は聖人君子といえども盗人であるということです。
要は、聖人君子という強盗のいなかった世は「自然の世」と呼ばれ、「転定」と「男女」が完全な相似形をなし、一体となって「直耕」していたが、「上にへつらい、直耕の衆人をたぶらかす」商人と貨幣によって欲心も起き、栄華を欲して「妄行の世」「法の世」に転落してしまった、という訳ですね。
さらに「法の世」には暴力がはびこるため、「何ん時も、人を殺し、人の持つ国を奪ふに非れば、王となること能はず。故に、王立つときは、必ず乱世して多く人を殺して成る」ような恐るべき不正と混乱に転落してしまった、と考えたのです。

当時、昌益の思想を学びに大阪から来た人もおりました。
この人物を通して昌益の思想は大塩平八郎に限りない影響を与え、やがて大塩平八郎の乱が起きます。
大塩平八郎は無念に終わりますが、この一撃から江戸幕府は瓦解が始まり、大政奉還から明治政府が誕生しています。
昌益のことは現代でもほとんど知られていませんが、幕末時代、昌益の独創的な思想は時代を揺り動かすひとつの原動力になっていたとも考えられるのです。

また昌益は、万人が農民で夫婦家族が睦まじく、領主・武士・名主・商人・職人・医者・役者・遊女・年貢・金銀・盗人・病気のない、質素で勤勉なユートピアの生活を構想していたようです。
当時の蝦夷地のアイヌ(アイヌ人が当時の和人によって模範とされたのは昌益だけでしょうが)は、こうした人の本来の世「自然の世」であったとまで言及していることからも、その理想は限りなく現実的な目線での主義だったことが伺えるのです。

ちなみに、それまでの「自然」とは自然界のことではなく、すべて「自(おのずか)ラ然(しか)リ」の意だったのですが、日本において対象的世界を「自然」と呼んだのは、昌益が初めてであるといわれています。
省益は「自然」の語を、「自(ひと)リ然(す)ル」と訓ませ、人も含んだ全自然は永遠の自己運動の過程にあるという哲学思想を独創的に編みだしたのだといわれているのです。

「天地が穀物や万物を生ずる。
 人がこれを取って食べるのは、天が人に与えるのか、それとも、人がこれを天からもらうのか。
 もし天が一方的にこれを人に与えるとすると、天は人に、(無償で)恩恵を受ける罪を負わせることになる。
 もし天が与えないのに、人がこれを勝手に天からもらうとすると、人は天のものを盗むことになる。
 (略)
 わたしはこの難問をとき明かすことができない。
 良中師はご存じかどうか。
 わたしは答える。
 天が万物を生じるのは、これを人に与えるのではない。
 また生じて捨てさるのでもない。
 ただ直耕して生じつづけるだけだ。
 人がこれを取って食に供するのは、これをもらうのではない。
 これを盗むのではない。
 ただ直耕し、自分で食べて着るだけである。
 だから、天と人とが同じように直耕することにより、和して一体となるのであり、
 そのことは、とりもなおさず、活真の始めなく終りのない自発・自生の運行にほかならない。」

また昌益の説く「互性」は、相異なるものが相互に依存し、相互に相手の本性を内在している、転と定、男と女などの関係を指します。
本質的には同一だが、現れ方が違うのであって、お互いがお互いを活かし合って存在していることである。
そのため「男・女」と対言することさえ誤りであり、「男の性は女、女の性は男、男女互性にして活真人」であり、「男女」と書いて「ヒト」と読ませています。
「男女(ヒト)」は「転定」から生じ、「転定」の在り方を体現する「転定の嫡子」「小転定」であり、男女が相互に相手の本性を内在しており、それ故にお互いを活かし合っているという論理で、男女一対で十全な人であると説くのですが、これは縄文人以前の原日本人カタカムナの認識と合致するものでしょう。

しかし、安藤昌益は単にあらゆるものを否定しただけではありません。
物事を考えるには、何らかの言葉=観念を使う必要があるが、その言葉が全て旧い既成観念で占められているとしたら、考えれば考えるほど旧観念の悪循環無限ループに嵌り込んでゆくことになります。
この無限ループから脱却するためには、全ての旧観念を捨てて、ゼロから新概念を創出しなければなりません。
だからこそ、彼は単に既成観念を否定しただけではなく、新概念を創出しようとしていたのだと思われるのです。

昌益は、優れた農業エコロジストであり、自然と人間の調和という基本問題に果敢に挑んだ先駆者でありました。
自然との調和・共存をめざす昌益の思想は、現在の逼迫した環境問題、それを引き起こした近代化論に対するアンチテーゼとして極めて重要な意味を持っています。
人間の真の豊かさとは何かが問われている現在、昌益の思想がもつ意味をもう一度、虚心に見つめ直すことが必要があるのです。
安藤昌益がいう二別や不耕貪食のスケールが、地球的規模に拡大し深刻さを増している昨今、昌益の思想が現代に問いかけるもの、昌益の思想が現代に持つ意味を、今こそわれわれ一人ひとりが考え直さなければならないのです。
安藤昌益は、今日の我々が直面している環境問題を、江戸時代中期から鋭く洞察し、その解答を導き出しています。
それは「転人一和ノ直耕」すなわち「自然と人間の調和」であり、そしてそれを実現する道は、「農業ノ道ハ、万国・人倫、自然具足ノ妙道ニシテ、天下ノ太本」すなわち直耕すなわち農業をおいてないということなのです。
自然を破壊し健康を害する公害(鉱害)に反対し、乱開発に反対し、植林のすすめを説き、適地適作を薦めた昌益は、有機農業の推進論者であったとも言えるでしょう。

大きな時代的制約の中にありながら、江戸時代中期の日本に、既成観念を否定し、新概念の創出に取り組んだ思想家・安藤昌益がいたことには、驚くと同時に勇気付けられることでもあります。
昌益の思想が、つねに現代的意義を失わず、注目を集めている背景には、彼が人間と自然の関係、あるいは人間同士の関係、また、食や性、生や死という人間や社会の根源的問題に深い洞察をおこなっていたからにほかならないからです。
そのため、昌益の哲学は現在においてなお、いやそれどころか却って、ますます輝きを増しています。
今こそ農業エコロジーの先駆者としての安藤昌益を、見直し蘇らせることが求められているのではないでしょうか。

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以下、参考までに一部原文よりの抜粋です。

【自然真営道 安藤昌益】

一、稿本『自然真営道』「大序巻」冒頭

▲自然トハ互性妙道ノ号ナリ。互性トハ何ゾ。曰ク、無始無終ナル土活真ノ自行、小大ニ進退スルナリ。小進木・大進火・小退金・大退水ノ四行ナリ。自リ進退シテ八気互性ナリ。木ハ始メヲ主リテ、其ノ性ハ水ナリ。水ハ終リヲ主リテ、其ノ性ハ木ナリ。故ニ木ハ始メニモ非ズ、水ハ終リニモ非ズ、無始無終ナリ。火ハ動始ヲ主リテ、其ノ性ハ収終シ、金ハ収終ヲ主リテ、其ノ性ハ動始ス。故ニ無始無終ナリ。是レガ妙道ナリ。妙ハ互性ナリ、道ハ互性ノ感ナリ。是レガ土活真ノ自行ニシテ、不教・不習、不増・不減ニ自リ然ルナリ。故ニ是レヲ自然ト謂フ。
 活真トハ、土ハ転定ノ央ニシテ、土真ハ転ノ央宮ニ活活然トシテ無始無終、常ニ感行シテ止死ヲ知ラズ。其ノ居ハ不去・不加ニシテ、其ノ自行ハ微止スルコト無シ。活然タル故ナリ。常ニ進ンデ木火ノ進気、金水ノ退気ヲ性トシテ転。常ニ退キテ金水ノ退気、木火ノ進気ヲ性トシテ定。転定ノ央、土体タリ。進気ノ精凝ハ日ニシテ、内ニ月ヲ備ヒテ転神、退気ノ精凝ハ月ニシテ、内ニ日ヲ備ヒテ定霊、日月互性、昼夜互性ナリ。
 金気、八気互性ヲ備ヒテ八星転・八方星、日月ニ気和シテ転ニ回リ、降リテ定ヲ運ビ、八気、互性ヲ備ヒテ、進気ハ四隅、退気ハ四方ニシテ、四時・八節、転ニ升リ、升降、央土ニ和合シテ通・横・逆ヲ決シ、穀・男女・四類・草木、生生ス。是レ活真、無始無終ノ直耕ナリ。故ニ転定、回・日・星・月、八転・八方、通横逆ニ運回スル転定ハ、土活真ノ全体ナリ。
 故ニ活真自行シテ転定ヲ為リ、転定ヲ以テ四体・四肢・府蔵・神霊・情行ト為シ、常ニ通回転・横回定・逆回央土ト一極シテ、逆発穀・通開男女・横回四類・逆立草木ト、生生直耕シテ止ムコト無シ。故ニ人・物・各各悉ク活真ノ分体ナリ。是レヲ営道ト謂フ。
 故ニ八気互性ハ自然、活真ハ無二活・不住一ノ自行、人・物生生ハ営道ナリ。
 此ノ故ニ転定・人・物、所有事・理、微塵ニ至ルマデ、語・黙・動・止、只此ノ自然・活真ノ営道ニ尽極ス。故ニ予ガ自発ノ書号『自然真営道』ト為ルハ、是レノミ。

二、稿本『自然真営道』第二十五「真道哲論巻」
 ○私法盗乱ノ世ニ在リナガラ自然活真ノ世ニ契フ論

 △無始無終・土活真・自感・四行・進退・互性・八気・通横逆・妙道ハ、転定ニシテ土活真ノ全体ナリ。
 其ノ妙序、転ハ定外、定ハ転内ナリ。外、転内ニ定備ハリ、内、定内ニ転備ハリ、転ノ性ハ定、定ノ性ハ転ニシテ、転定・互性・八気・通横逆、日月互性、回ト星ト互性、運回一息止ムコト無シ。万物、生生無尽、是レ活真・転定ノ直耕ナリ。
 ○是レガ小ニ男女ナリ。故ニ外、男内ニ女備ハリ、内、女内ニ男備ハリ、男ノ性ハ女、女ノ性ハ男ニシテ、男女互性、神霊互性、心知互性、念覚互性、八情、通横逆ニ運回シ、穀ヲ耕シ麻ヲ織リ、生生絶ユルコト無シ。是レ活真・男女ノ直耕ナリ。
 転定ハ一体ニシテ上無ク下無ク、統ベテ互性ニシテ二別無シ。故ニ男女ニシテ一人、上無ク下無ク、統ベテ互性ニシテ二別無ク、一般・直耕、一行・一情ナリ。是レガ自然活真人ノ世ニシテ、盗乱・迷争ノ名無ク、真侭・安平ナリ。
 △然ルニ聖人出デテ、耕サズシテ只居テ、転道・人道ノ直耕ヲ盗ミテ貪リ食ヒ、私法ヲ立テ税斂ヲ責メ取リ、宮殿・楼格台、美珍味ノ食、綾羅・錦繍ノ衣、美宦女、遊楽、無益ノ慰侈、栄花言フ計リ無シ。王民・上下、五倫・四民ノ法ヲ立テ、賞罰ノ政法ヲ立テ、己レハ上ニ在リテ此ノ侈威ヲ為シ、故ニ下ト為テ之レヲ羨ム。且ツ、金銀通用、之レヲ始メ、金銀多ク有ルヲ、上貴キト為シ、少ナク、無キヲ下賎シキト無シ、凡テ善悪・二品、二別ヲ制ス。是レヨリ下タル者、上ヲ羨ムコト骨髄ニ徹シ、己レモ上ニ立チ、栄花ヲ為サント思謀ヲ慮リ、乱ヲ起シ、命限リニ合戦シ、上ヲ亡ボシ、己レ上ニ立チテ栄侈ヲ為スコト又倍ス。之レヲ羨ミテ乱ヲ起ス者又出デテ、戦ヒ勝チテ上ヲ亡ボシ、己レ上ニ立チ、奢欲ヲ為スコト又倍ス。是ノ如クシテ、転真ノ転下ヲ、或イハ盗ミ、或イハ盗マレ、欲欲・盗盗・乱乱トシテ止ムコト無シ。
 是レニ釈迦出デテ、欲心ノ迷ヒヲ足シ、心欲・行欲、益々盛ンニシテ、世ハ聖人乱シ、心ハ釈迦乱シ、転下・国ヲ盗ムノ欲、極楽往生ヲ望ムノ欲、交々発リテ止ムコト無ク、欲ハ盗ミ、盗ミハ乱、乱ハ迷ヒニシテ、君ハ臣ヲ殺シ、臣ハ君ヲ殺シ、父兄ハ子弟ヲ殺シ、子弟ハ父兄ヲ殺シ、王モ僕ト為リ、戎モ王ト為リ、侯ハ民ト為リ、賊モ侯ト為リ、極侈有リ、極窮有リ、軍戦シテ衆人大イニ患ヒ苦シム。此ノ悲シミノ人気、転定ノ気行ヲ汚シ、不正ノ気ト成リ、凶年シ、或イハ疫癘シ、転下皆殺シノ大患有リ。暫年止ミ治マリ、又発乱シ、兵乱止メバ、心欲乱甚ダシクシテ、又兵乱起リ、治乱倶ニ乱乱トシテ止ムコト無シ。
 治ハ乱ノ根トナリ、上ニ植ⅲザル故ニ、枝葉ノ賊、下ニ生生止ムコト無シ。上、盗根ヲ断ラザル故ニ、下、枝葉ノ賊盛ンナリ。故ニ転下ノ盗乱・賊徒ノ絶ヘザルハ、上ノ侈リヨリ之レヲ為ス。上、盗乱ノ根断ラズシテ、日々ニ下ノ盗賊ヲ刑伐ストモ、全ク絶ヘズ。絶ヘザルハ、上、己レヨリ之レヲ為ス。己レト賊ヲ出シテ、賊ヲ伐ルヲ政事ト為シテ威ヲ張ル。狂乱ト言ハンカ、悪魔ト言ハンカ、言語同断、心行不能演弁ナリ。軍ニ勝チテ上ニ立チ、治ムルト為トシテ乱根ヲ植ヘ、栄侈ヲ為スト視ヘシガ、忽チ乱起リテ春雪ノ如シ。勝ツ者、上ニ立チ、又是ノ如シ、無限ニ是ノ如シ。
 歌・舞・謳・能・茶ノ湯・碁・双六・博奕・酒狂ヒ・女狂ヒ・琴・琵琶・三味線・一切ノ遊芸、情流離・芝居・野郎・遊女・乞食ノ衆類、悉ク妄乱ノ徒ラ・悪事、止ムコト無キハ、上ノ侈リヨリ出ヅルナリ。本、聖釈ヨリ始マル所ナリ。天竺・南蛮・漢土・朝鮮・日本、一般ニ是ノ如ク、迷欲・盗乱止ムコト無シ。生キテハ四類ノ業、死シテハ形化ノ生死、免ルル期無シ。少シクモ活真ノ妙道ヲ弁ヒ、改ムルニ非ズンバ、無限ニ迷欲・盗乱絶ユベカラズ。故ニ、是レガ私法ノ世ノ有様ナリ。
 若シ上ニ活真ノ妙道ニ達スル正人有リテ、之レヲ改ムル則ハ、今日ニモ直耕・一般、活真ノ世ト成ルベシ。然レドモ上ニ正人無クンバ、如何トモ為ルコト能ハズ。盗乱ノ絶ユルコト無キ世ヲ患ヒバ、上下盗乱ノ世ニ在リテ、自然活真ノ世ニ達スル法有リ。止ムコトヲ得ズ、左ノ如シ。
 △失リヲ以テ失リヲ止ムル法有リ。失リノ上下二別ヲ以テ、上下二別ニ非ザル法有リ。似タル所ヲ以テ之レヲ立ツルニ、暫ク転定ヲ仮リテ之レヲ謂フ則ハ、転定ニ二別無ク、男女ニ二別無ケレドモ、私法ヲ為シテ、転、高ク貴ク、定、卑ク賎シク、男、高ク貴ク、女、卑ク賎ク、高卑・貴賎ニシテ一体ナリ。之レニ法リテ上下ノ法ヲ立ツル則ハ、今ノ世ニシテ自然活真ノ世ニ似テ違ハズ。
 ○上、臣族多カランコトヲ欲スルハ、乱ヲ恐ルル故ナリ。故ニ臣族ノ多カランコトヲ止メテ、只乱無カランコトヲ専ラニスベシ。上ニ美食・美衣・遊慰・侈賁無ク、無益ノ臣族無ク、上ノ領田ヲ決メ、之レヲ耕サシメ、上ノ一族、之レヲ以テ食衣足ルトスベシ。諸侯、之レニ順ジテ国主ノ領田ヲ決メ、之レヲ以テ国主ノ一族、食衣足ンヌベシ。万国凡テ是ノ如クシテ、下、衆人ハ一般直耕スベシ。凡テ諸国ヲ上ノ地ト為シ、下、諸侯ノ地ト為サズ。是レ若シ諸侯、己レガ領田ノ耕道怠ラバ、国主ヲ離スベキ法ト為ス。若シ諸侯ノ内ニ、迷欲シテ乱ヲ起シ上ヲ責メ取ルトモ、決マレル領田ノ外、金銀・美女無シ。故ニ、上ニ立ツコトヲ望ム侯、絶無ナリ。税斂ノ法、立テザル故ニ、下、侯・民ヲ掠メ取ルコト無ク、下、上ニ諂フコト無シ。上下在リテ二別無シ。
 ○税斂ノ法ヲ立テ不耕貪食スル則ハ、臣等、君威ヲ仮リテ権柄ヲ張リ、下民ヲ貪ル、此ニ始マル。
 ○故ニ税斂ノ法無ク、上ハ上ノ領田ヲ耕サシメ、若シ耕道ニ怠ル侯・民有ル則ハ、之レヲ制シテ耕サシメ、之レヲ上ノ政事ト為ス。能ク耕サシムレドモ、上一粒取ルコト無ケレバ、侯・民、感伏シテ背ク心無シ。
 ○諸国ノ不耕貪食ノ遊民ヲ停止シテ、其レ相応ノ田地ヲ与ヒテ耕サシム。今ノ世ノ民ノ如ク、其ノ一族、食衣領ノ外多田ヲ耕スベカラズ。今ノ世ノ民ハ、食衣領ノ外ニ、貯ヒ侈リノ為ニ多田ヲ耕スハ、今ノ上ニ似セテ為ルナリ。故ニ無益ノ費シテ反ツテ貧ナリ。遊色・慰芸ヲ禁ズ。若シ耕ヲ怠リ遊芸ヲ為ス者ヲバ、一族、之レニ食ヲ与フベカラズ。
 △○金銀通用ヲ為ス故ニ、売買・利欲ノ法盛ンニシテ、転下、利欲ニ大イニ募リ、漢土ヨリ天竺・阿蘭陀・日本ヲ奪ハント欲シ、或イハ日本ヨリ朝鮮ヲ犯シ、瑠球ヲ取ル等、金銀通用売買ノ法ヲ立テ、自由足リ、侈リヲ為シ易キ故ナリ。侈リハ乱ノ根ナリ。之レヲ知リテ金銀ノ通用ヲ止ム。元来、人ハ穀ヲ耕シ麻ヲ織リ、食衣ノ外何ノ別用無キハ、転定ノ与フル備ハリナリ。
 ○家老・用人・諸役人・平士・足軽等、入リ用之レ無シ。皆、相応ニ耕スベシ。
 ○工職ハ、上、相応、侯・民、相応ノ家・器、細工スベシ。美家・好器ノ細工、之レヲ禁ズ。常、細工ノ用無キ則ハ、相応ニ耕スベシ。
 ○遊民ハ、僧・山伏・社人。慰芸ハ遊女・野郎・芝居等。侈芸ハ謳・能楽一切ノ鳴リモノナリ。徒ラ・悪事ハ、斬リ取リ・強盗・火付・博奕・碁・双六等。背病ハ願人・託鉢、凡テ乞食ノ衆類ナリ。是レ等ハ皆、慰芸ハ上ノ侈リニ倣フテ出ヅ。徒ラ・悪事ハ上ノ侈リ・費ニ因リテ、下窮シテ出ヅ。此レ等ノ類多キ則ハ、国窮シテ乱此ニ起ル。故ニ上ニ侈リ・費ヲ止ムル則ハ此レ等ノ類、自ラ止ム。此レ等ノ類ニ相応ニ田畑ヲ与ヒテ耕サシム。
 △○只無乱ヲ守ルハ上ノ転職ナリ。土地ヲ与ヒテ耕サシムルハ、一般ニ転真ノ道ナリ。
 ○字書・学問ハ、不耕貪食シテ転道・転下・国家ヲ盗ムノ根ナリ。第一ニ之レヲ停止ス。其ノ輩ニ土地ヲ与ヒテ耕サシム。若シ受ケズシテ遊徒ノ事ヲ為サバ、其ノ一族、之レヲ捕ヒテ食ヲ絶タシメヨ。飢ⅲテ苦シム寸、再ビ暁シテ耕サシメヨ。耕・穀食ニ非ザレバ、人在ルコト能ハザルコト、自リ知リテ必ズ耕スベシ。
 ○上、賞罰ノ法ヲ立テ、功有ル者ハ之レヲ賞シ、罪有ル者ハ之レヲ罰ス。故ニ役人、功有ル者モ賄無キ則ハ之レヲ罰シ、罪有ル者モ賄有ル則ハ之レヲ免ス。罪有ル者、賄無キ則ハ速ヤカニ罰ス。故ニ賞罰倶ニ伐ト成リ、転下日々ニ人殺シノ業ト成ル。故ニ速ヤカニ此ノ賞罪ノ法ヲ止ム。只、上、其ノ領田ヲ耕シテ下ヲ責メ取ラザル則ハ、希フトモ罪人出ヅルコト無シ。罪人無キ則ハ何ノ賞罰カ有ラン。故ニ賞罰ハ聖人ノ始ムル罪法ニシテ、后世ノ重失ナリ。故ニ全ク之レヲ止ム。
 ○寺僧ハ、其ノ法ヲ止メテ、田地ヲ与ヒテ耕サシム。暁シテ曰ク、「直耕ハ転真ノ妙道ナリ。成仏ト云フハ、転真ニ至ルノ名ナリ。故ニ直耕スル則ハ、乃チ生仏」ト暁シテ、之レニ耕サシム。宗旨ハ別別ト雖モ、至ル所ハ成仏ノ一ツ、成仏ハ直耕ノ転真ナリ。「否」ト言フコト能ハズ。禅・教、宗宗モ本一ツノ仏法、取ル所ハ一成仏ナリ。
 ○地蔵トハ、地ハ田畑ナリ。蔵ハ田畑ノ実リヲ蔵ム。乃チ直耕ナリ。之レヲ暁シテ耕サシムルハ地蔵ナリ。
 ○観音トハ、直耕ハ転真ノ自リ感クコトヲ観ル。音ハ転真ノ息気ノ感ナリ。故ニ観音ハ、転真・直耕ノ名ナリ。之レヲ暁シテ耕サシム。
 ○薬師ハ、瑠璃光・春木ノ青色、転真・直耕ノ初時ノ名ナリ。之レヲ暁シテ耕サシム。
 ○不動ハ、中央土、動カズシテ田畑ト成リ耕サシム、転真ノ妙体、耕道ノ太本ナリ。
 ○大日如来ハ、日神ノ名、直耕ノ生生無極ノ主神ナリ。
 ○阿弥陀ハ、阿ハ春種蒔キ、弥ハ夏芸リ、穀弥々盛ンニ、陀ハ秋ノ実リ、冬ノ蔵メ陀キナリ。四十八願ハ、四時・八節、耕ス穀ノ実リ、成就ノ名ナリ。故ニ、乃チ直耕ノ名ナリ。
 ○禅録・教経・三世ノ諸仏・極楽、凡テ皆直耕シテ安食・安衣・安心シ、生死ハ活真ノ進退ニ任ス。是レ仏法ノ極ト、之レヲ示シテ耕サシム。
 ○修験ハ、口ニ仏経ヲ誦ミ、行ヒニ祈祷・神事ヲ為ス。是レ仏トハ直耕スル転真ノ名、神ハ日輪、直耕ノ主ナリ。両部習合ハ直耕ノ名ト、之レヲ暁シテ耕サシム。
 ○巫者ハ、天神・地神・万物ノ神・人身ノ神、八百万神ハ、転ノ日神、四時・八節・運回・生生・直耕ノ妙道ナリ。故ニ社人ハ直耕ノ太本ト之レヲ暁シテ耕サシム。
 ○医者ハ、人失ツテ諸病ヲ為ス危命ヲ救フ。人ノ命ハ穀精ナリ。故ニ穀ヲ耕シ食フテ、病者ニモ穀食ヲ勧メ危命ヲ救フ。人身ノ備ハリ、万物ノ具ハリハ、八気互性ノ妙道ナリ。之レヲ知ラザル者ノ治方ハ、悉ク人ヲ殺ス。故ニ堅ク之レヲ停止シテ、互性ノ妙道ヲ知ル者ヲ医者ニ立テ、是レニ危命ヲ救ハシメテ、其ノ一族ハ耕サシム。
 ○盲人ハ、時ノ不幸、時ノ一族之レヲ養フテ穀粒ヲ引カシメヨ。
 ○商人ハ、金銀通用・売買スル故ニ、利欲心盛ンニシテ、上ニ詔ヒ、直耕ノ衆人ヲ誑カシ、親子・兄弟・一族ノ間モ互ヒニ誑カシ、利倍・利欲・妄惑ニシテ、真道ヲ知ラズ。上下ヲ迷ハシ、転下ノ怨ミ、転真ノ直耕ヲ昧マス大敵乱謀ナリ。速ヤカニ之レヲ停止シ、田畑ヲ与ヒテ耕サシム。
 ○暦家・天文家ハ、転ノ気行ヲ計ル。転真ハ気行ヲ以テ互性妙道ニ万物生生スルハ、直耕ナリ。易・暦・天文・陰陽家ハ、分キテ直耕第一ノ家ナリ。故ニ其ノ書学ヲ止メテ直耕スル則ハ、乃チ易・暦・陰陽ノ通達ナリ。之レヲ暁シテ耕サシム。
 ○染屋スル者ハ、藍染一品ニシテ、種品ノ美染ヲ止メ、一族ハ耕サシム。
 ○箱屋スル者ハ、水箱一品ニシテ、賁箱ノ類ヲ禁ズ。一族ニ耕サシム。
 ○桶屋・椀膳屋ハ、常用ノ一品ニシテ、無益ノ美器ヲ禁ズ。其ノ一族ハ皆耕サシム。此ノ外、諸職人ハ常用ノ一品ノ外、皆之レヲ禁ズ。
 ○茶ハ、毎家ノ裏ノ畑ニ之レヲ耕シ用ユベシ。
 ○莨ⅳハ、凡テ用ユベカラズ。
 ○菜種、茄・瓜ノ類、凡テ耕シテ食フベシ。
 ○庭園ヲ築キ植樹等スルコト、凡テ之レヲ禁ズ。
 △凡テ田畑ニ成ルベキ土地ニ、八穀ノ類生ズ。穀精ガ男女ト生ル。
 故ニ山岳遠ク、広キ地、用水ノ便ル処ニ、町・邑作ルベシ。諸侯ハ、軍戦ノ恐レ無ケレバ、城作リ無用ニシテ、町屋ニ作ルベシ。山近キ所、川水有リテ、田畑ト成ルベキ所ニ、村里ヲ作ルベシ。海辺ハ、水便・河川流レ入ル地ニ、邑村作ルベシ。諸国・転下、凡テ水便有リテ田畑ト成ルベキ所ニ、邑村ヲ為スベシ。
 材木ハ深山ヨリ採ルベシ。山近キ所ハ、山木ヲ採リテ燔木ニスベシ。山遠キ所ハ、田畑ニ成リ難キ岳野ニ林ヲ立テ、先ニ茂ルヲ採リテ燔木ニ為シ、採リテ跡ニ小木ヲ植ユベシ。林ノ絶ヘザル様ニ之レヲ続クベシ。
 山里・海辺ハ畑多ク田少ナキ処ノ者ハ、粟・稷・秬・麦・蕎多ク米少ナク、直耕シテ食フベシ。広原、田多ク畑少ナキ処ノ者ハ、米多ク粟・稷・秬・麦・蕎少ナク、直耕シテ食フベシ。莢穀ノ類、大豆・小豆・角豆、仰豆、能ク耕シテ味噌ヲ作リテ食フベシ。麻綿ヲ耕シテ織リテ衣ルベシ。美食・美衣、全ク之レヲ禁ズ。
 ○山遠ク海辺ノ者ハ、其ノ近所ノ原岳ヲ見テ林ヲ立テ、屋材及ビ燔木ニ為ベシ。海近キ邑ノ者ハ、海水ヲ煎ジテ塩ヲ採リ、諸国ニ出シ、米粟・穀類ニ易ヒテ食フベシ。
 ○上主ノ住処ハ、広原・中国ニ町屋ニスベシ。帝城・宮殿・美屋ハ無用ナリ。
 金銀ハ本、山石ノ脂ニシテ、乃イ石瓦ナリ。故ニ通用ヲ止メテ、菜草一種ニテモ、売買ノ法、堅ク停止ス。
 ○衣服ハ、上ハ綿衣、下ハ麻衣ニ限ルベシ。絹類ハ全ク停止ス。絹類、蚕ノ巣ニシテ、人、衣類ノ備ハリニ非ズ。麻綿ハ転真ノ与フル所ナリ。
 鳥・獣・虫・魚ハ、大ハ小ヲ食フニ、序ヲ以テ互ヒニ食ヒ食ハル。四類ハ四類ノ食物ナリ。故ニ人ノ食物ニ非ズ。之レヲ食フコト停止ス。人ニ備ハル食ハ、穀・菜種ノ類ナリ。酒ハ素ヨリ人ノ飲物ノ備ハリニ非ズ。人ノ為ニ大毒ナリ。全ク之レヲ停止ス。
 ○若シ上、不耕貪食シテ栄侈ヲ為ス則ハ、転道ヲ盗ムナリ。故ニ下、之レヲ羨ミテ貨財ヲ盗ム。乱、此ニ始マル。故ニ上、之レヲ明カシテ栄花・遊楽ノ侈リヲ止ムル則ハ、下、羨ムノ心無ク、欲心自ヅカラ止ム。是レ上、盗ノ根ヲ絶ヤスナリ。故ニ下、枝葉ノ賊自ヅカラ絶ヘテ、上下ノ欲盗、絶ユル則ハ、庶幾フトモ乱ノ名ヲ知ラズ。是レ上下ノ法世ニシテ、乃イ自然活真ノ世ナリ。
 ○若シ下、侯・民、耕織ニ怠リ、遊侈・放逸ヲ為ス者之レ有ル則ハ、上、之レヲ刑伐ス。之レガ為ニ上ニ立チ、政事為ルコトヲ弁ジ、外ニ拘ハルベカラズ。
 ○若シ生レ損ネノ悪徒者出ヅルコト之レ有ル則ハ、其ノ一家一族ニ之レヲ殺サシメ、上ノ刑伐ヲ加フルコト勿レ。之レヲ邑政ト為ス。毎一族、互ヒニ之レヲ糺ス則ハ、悪徒ノ者之レ有ルコト為シ。
 ○愚人ノ曰ク、「上、刑伐ノ政法ヲ為シ、日々ニ刑伐ヲ行フテスラ、悪徒・盗賊世ニ絶ヘズ。況ヤ、上ノ刑伐無ク邑政ノミニシテハ、則チ悪徒日々ニ益シ、必ズ乱逆起ラン」ト云ヘリ。是レ甚シキ愚ナリ。上ニ賞罰ノ政事ヲ立テ不耕貪食スルハ、転道ヲ盗ムナリ。而シテ、栄侈ヲ為ス故ニ、下、上ノ栄侈ヲ羨ムノ心絶ヘズ。故ニ終ニ上ヲ亡ボシ、己レ上ト為リ、栄花ヲ為サント欲スルヨリ、乱ヲ起ス。此ノ故ニ聖人、上ニ立チテ、賞罰ノ政事ヲ為シ、不耕貪食スルハ、転道ヲ盗ムナリ。故ニ盗ミノ根ト成ル。故ニ下ニ枝葉ノ賊、生生シテ絶ユルコト無シ。故ニ盗乱止ムコト為シ。無限ニ是ノ如シ。
 是ノ如ク無限ニ盗乱・罪悪・妄惑止ムベカラザル妄愚ノ失リヲ観明カス故ニ、上下ヲ絶スルコト契ハズンバ、責メテハ上下ヲ立テナガラ、上下無キ活真・自然ノ世ニ契フコトヲ明カシ、之レヲ論ズ。
 後後年ヲ歴ル間ニ、正人、上ニ出ヅルコト之レ有リ、下ニ出ズルコト之レ有ル則ハ、無盗・無乱・無迷・無欲、活真ノ世ニ帰スベシ。
 ○夫婦婚合ノ事ハ、太本、穀精ガ男女ト生ル則、始メテ生ズル男女ハ夫婦ニシテ、此ノ夫婦ノ子、兄●〔女偏+弟〕ハ次ノ夫婦ナリ。之レヨリ人倫続キテ無限ナリ。故ニ兄ⅱ、夫婦ニ成ルトモ恥ナラズ、人道ナリ。只、男ハ他妻ニ交ハリ、女ハ他夫ニ交ハレバ、四類ノ業ニシテ大イナル辱ナリ。故ニ其ノ父母其ノ目功ヲ以テ、相応相応ニ嫁・聟ノ婚合ヲ為シテ、中人ヲ立ツルコト勿レ。中人ハ偽言ヲ為ス故ニ後ノ禍ヒト為ル。
 然シテ、若シ密通シテ犯ス者之レ有ラバ、一族、談合シテ之レヲ殺シ、人知レズニ行フベシ。盗ミヲ為ス者、密婬ヲ為ス者、讒侫ヲ為ス者、凡テ悪事ヲ為ス者之レ有ル則ハ、其ノ一族之レヲ捕ヘ、先ヅ食ヲ断チテ飢苦ヲ為サシメ、異見ヲ加ヘテ一タビハ之レヲ免シ、飢苦ニ懲リテ再ビ悪事ヲ為サズ、能ク耕ス則ハ可ナリ。若シ弁ヒズ、再ビ悪事ヲ為サバ、一族之レヲ殺ス。
 如何様ノ悪事ナリトモ、之レヲ為ス者之レ有ル則ハ、一タビ飢苦ヲ加ヒ、「人ハ食セザル則ハ乃チ死ス、耕シテ安食スルノ外、道無シ」ト、之レヲ弁ヘシメ、弁ヒテ再ビ悪事ヲ為サズ、能ク耕ス則ハ転ノ助ケナリ。弁ヒザル者ハ、一族之レヲ殺ス。是レ、己レヨリ出ヅル悪者ヲ己レト殺ス、又転ノ行フ所ナリ。目前ニ省ル、悪シキ気行ニ生ズル草木ハ、又悪シキ気行ノ則必ズ枯ル、是レナリ。故ニ、一族ヨリ出ヅル悪者、一族之レヲ殺スハ、私ノ罪ニ非ズ、乃イ転ノ道ナリ。然レドモ、転道、人ヲ殺スニ非ズ、人ノ失リヨリ失リヲ殺ス。一族ヨリ一族ヲ改ム。転道ニ契フノミ。一族、直耕シテ失リ無キ間ニ、不図シテ悪者出ヅルハ、時ノ失リナリ。故ニ一族之レヲ殺スハ、一族ノ失リニ非ズ。失リニ非ズシテ不図ノ失リヲ殺ス故ニ、速ク失リヲ省ミル、故ニ続キテ悪者出ヅルコト無シ。是レ失リ無キ転ノ徳ナリ。
 聖人、上ニ立チテ不耕貪食スルハ、乃イ転道ヲ盗ム失リナリ。此ノ失リハ盗ミノ根ト成ル故ニ、下ニ枝葉ノ賊絶ヘズ。上、盗ミノ根ヲ改メズシテ下ノ賊ヲ殺ス故ニ、根絶ヘズシテ、殺セバ出デ、殺セバ出デテ絶ヘズ。此ニ糺ス則ハ、彼ニ走リテ賊ミス。如何ニ術ヲ尽シテ殺ストモ、賊絶ヘザルハ、上ノ盗根ヲ断ラザル故ナリ。
 一族ハ失リ無キニ、不図シテ出ヅル失リ之レヲ殺スハ、失リノ根無キ故ニ、一タビ殺セバ、又生ズルコト無キ所以ナリ。此レヲ以テ、悪者出ズル則ハ之レヲ殺セバ、根無キ故ニ、盗乱絶ユル所以ナリ。道ヲ盗ムヲ「盗」ト云イ、財ヲ賊ムヲ「賊」ト云フ。上ニ立チテ不耕貪食シ転道ヲ盗ム、是レ盗根ナリ。此ノ根ヨリ、枝葉ノ賊下ニ生ユ。盗ミハ万悪ノ根ナリ。故ニ転下ノ万悪・妄惑ハ、上ノ不耕貪食ニ出ヅ。故ニ上ノ不耕貪食・侈費ノ盗根ヲ止メザルノ間ハ、万万歳・無限ヲ歴ルト雖モ、盗乱賊悪事、絶ユルコト無キ所以ナリ。故ニ上ニ立ツ人、能ク能ク此ノ旨、明弁スベシ。
 ○上ノ欲侈ハ下民ノ直耕責メ取ルニ有リ。故ニ民窮ス。窮スル則ハ必ズ賊心起ル。故ニ上ノ法度、信伏スルコト無シ。上、之レヲ憎ム。信伏セザルハ、乃チ上侈欲ノ罪ナリ。此ニ於テ、上ハ下ヲ憎ミ、下ハ上ヲ誹リ、憎シミト誹リト交々争フテ、終ニ乱ヲ為ス。此ノ故ヲ明カシテ上ニ不耕貪食・欲侈ヲ省ク則ハ、悪賊ノ根断タレテ、下ニ賊絶ヘテ、自ヅカラ優カナリ。
 ○上ニ金銀ヲ貯ユルハ、乱ノ時用ヒンガ為ナリ。上ニ侈欲無ク下優カナル則ハ、希フトモ乱起ルコト無シ。已ニ乱・侈リ無キニ於テ、金銀何ノ用ニカ為ン。通用無キニ何ノ貯ヘヲカ為ン。故ニ無乱ノ世ニハ、金銀ハ大イナル怨ミナリ。故ニ金銀ヲ貯ヒテ転下・国家ヲ治メント欲スル者ハ、乱ヲ憎ミテ己レト乱ヲ作ル者ナリ。下民、金銀ヲ貯ヒテ家ヲ富マサント欲スル者ハ、貧ヲ憎ミテ己レト貧ヲ作ル者ナリ。故ニ上下、此ノ旨ヲ示シ、上ハ上ノ領田ヲ耕サシメ、安食衣シテ、只、直耕怠慢ノ者ヲ刑ムル則ハ、下ニ耕ヲ怠ル者出ヅルコト無シ。
 ○上、下ヲ慈シムコト勿レ。下、上ヲ貴ブコト勿レ。上、下ヲ慈シマザル則ハ、下、上ノ恩ニ亢ルコト無シ。下、上ヲ貴バザル則ハ、上、下ノ敬ヒニ侈ルコト無シ。上侈リ無ク、下亢ルコト無キ則ハ、上下有リテ上下ノ分境無シ。
 此ニ於テ無欲・無盗・無乱・無賊・無悪・無病・無患ニシテ活真ノ世ナリ。是レ転高ク貴ク、定卑ク賎シク、二別有ルガ如クニシテ一活真ノ政事ナリ。此ノ故ニ、活真自然ノ耕道ヲ行フ者ハ、乱世ニ在リテ乱苦ヲ知ラズ。治世ニ在リテ治楽ヲ知ラズ。富家ニ在リテ富栄ヲ知ラズ。貧家ニ在リテ貧苦ヲ知ラズ。活真ノ世ハ治乱・富貧ノ名無キハ、金銀通用無ケレバナリ

三、稿本『自然真営道』第一「私制字書巻一」
     ○自然ノ世ノ論

 ○自然ノ世ハ転定ト与ニ人業行フテ、転定ト与ニシテ、微シモ異ルコト無シ。
転定ニ春、万物生ジテ花咲ケバ、是レト与ニ田畑ヲ耕シ五穀十種ヲ蒔キ、転定ニ夏、万物ノ育チ盛ンニナレバ、是レト与ニ芸ⅴリ十種ノ穀長大ナラシム、転定ニ秋、万物堅剛スレバ、是レト与ニ十穀ヲ実ラシメ之レヲ収メ取リ、転定ニ冬、万物枯蔵スレバ、是レト与ニ十穀ノ売ヲ枯ラシ実ヲ蔵メ来歳ノ種ヲ為シ、来穀ノ実成ルマデノ食用ト為ス。
転定ニ又春来リ、生ジテ花シ、夏盛ンニ、秋堅剛ニ、冬枯蔵スレバ、是レト与ニ種ヲ蒔キ、芸リⅴリシテ、実リ収メ取リ、蔵ムルコトヲ為シ、何之レガ始マルトモ無ク、何時是レガ終ルトモ無ク、真ニ転定ノ万物生ノ耕道ト、人倫直耕ノ十穀生ズルト与ニ行ハレテ、無始無終ニ転定・人倫一和ナリ。
転定モ自リ然ルナリ。
人倫モ自リ然ルナリ。
故ニ自然ノ世ト云フナリ。
生死ハ十穀ノ実リテ枯レ、枯レテ実ルニ同理ニシテ、生ジテ人、死シテ転定、生マレテ転定、死シテ男女ハ一真・自然ノ進退スル常行ナリ。

 中平土ノ人倫ハ十穀盛ンニ耕シ出シ、山里ノ人倫ハ薪材ヲ取リテ之レヲ平土ニ出シ、海浜ノ人倫ハ諸魚ヲ取リテ之レヲ平土ニ出シ、薪材・十穀・諸魚、之レヲ易ヘ易ヘシテ、山里ニモ薪材・十穀・諸魚、之レヲ食シ之レヲ家作シ、海辺ノ人倫モ家ヲ作リ穀食シ魚菜シ、平土ノ人モ相同ジフシテ、平土ニ過余モ無ク、山里ニ少ナク不足モ無ク、海浜ニ過不足モ無ク、彼ニ富メルモ無ク此ニ貧シキモ無ク、此ニ上モ無ク彼ニ下モ無ク、夫婦ノ道ハ互ヒニ相応ニ自リ感合シテ、他妻ヲ犯スコト無ク他夫ニ交ハルコト無ク、転定ニ二転二定無ク転定ニシテ一夫婦ニシテ、二夫二妻無キ故ニ人倫モ相同ジク、二夫ニ交ハルコト無ク二妻ヲ婬スコト無ク、転定ハ一歳ニ十二感合シテ、万物ヲ生ズルニ十月ヲ以テ成就ス、人倫ハ四日・八日ノ十二ヲ以テ交ハリ、子ヲ生ムニ十月ヲ以テ出生ス。
地上ニ居テ地下ヲ観レバ転ナリ、地上モ転ナリ。
地下ニ居ル意ニ観テモ相同ジ。
故ニ転定ニハ上下無クシテ一体ナリ。
故ニ男女モ上下無ク一人ナリ。
上無ケレバ下ヲ責メ取ル奢欲モ無シ。
下無ケレバ上ニ諂ヒ巧ムコトモ無シ。
故ニ恨ミ争フコト無シ。
故ニ乱軍ノ出ヅルコトモ無ク、上ニ立チテ転道ヲ盗ンデ上ニ盗ノ根ヲ植ユル者無ケレバ、下ニ在リテ貨財ヲ盗ム者モ無ク、上無ケレバ法ヲ立テ下ヲ刑罪スルコトモ無ク、下無ケレバ上ノ法ヲ犯シテ上ノ刑ヲ受クルト云フ患ヒモ無ク、上ニ立チテ教ヒ導ク聖人無ケレバ、教ヘヲ聞キテ不耕貪食ヲ犯ス徒者モ之レ無ク、地獄・極楽ヲ法ヘテ衆人ノ心施ヲ貪リ食フ売僧ノ仏法ト云フコト無ケレバ、虚偽・利己ノ巧言ニ誑カサレテ迷ヒ狂フ者モ無ク、売僧ノ法無ケレバ、耕サズシテ貪リ食フ乞食・非人・念仏・鉢・願人・山伏等ノ賊徒モ無ク、売神ノ法無ケレバ、祈祷ヲ売リテ誑カシ食フ徒者モ無ク、売僧・売神無ケレバ、寺社建立等ノ天下ノ妄害・大費モ無ク、道家ノ仙法ト云フ妄惑・奸ⅰノ徒者無ケレバ、空天ニ飛ビ上ガル様ノ妄狂ノ者モ無ク、私法ノ医術無ケレバ、盲配剤ニ毒殺セラル者モ無シ。
上ニ立チ不耕ニシテ衆人ノ直耕ヲ責メ取リ、貪リ食ヒナガラ礼楽・音曲ニ遊戯シテ女色ニ溺ルル者無ケレバ、下ニ伏シテ之レヲ羨ミ、酒宴・遊興シテ売女ニ溺レテ妄リニ禽獣ノ業スル者無シ。
上ニ立チテ貪リ食ヒ、間居テ碁・双六等ノ妄狂ニ戯ルル者無ケレバ、下ニ空居テ軽多・博奕・勝負事スル者モ無ク、三世因果ノ法言無ケレバ、後生菩提等ニ迷フ者モ之レ無ク、心中シテ死スル等云ヘルコト之レヲ知ル者モ無ク、売仏ノ法無ケレバ、利ニ迷フテ宗旨ヲ争フテ狗喧ノ間似スル者モ無ク、私ニ迷フテ独身・出家トナリ、女犯ヲ絶チ肛門ヲ淫ス者無ケレバ、隠シテ他妻ヲ犯シ童子ヲ淫ス者モ無ク、上ニ立チ不耕貪食シテ天神ノ道ヲ盗ンデ売神ノ法ヲ制シテ、種種ノ神ヲ売ル者無ケレバ、山野・家内・品々ノ法神ニ迷フテ之レヲ恃ンデ己レガ家業怠リ色色ノ願ヒヲ為ス者モ無ク、金銀銭ノ通用無ケレバ、上ニ立チ富貴・栄花ヲ為サント欲ヲ思フ者モ無ク、下ニ落チテ賎シク貧シク患イ難義スル者モ無ク、凡テ一切ノ欲心ト云フコト之レ有ル者無ケレバ、欲盗モ無ク、乱逆・盗賊ノ者モ無ク、五常・五倫・四民等ノ利己ノ教ヒ無ケレバ、聖・賢・愚・不肖ノ隔テモ無ク、下民ノ慮外ヲ刑メテ其ノ頭ヲ扣ク士モ無ク、一切ノ奢リ・賁リ無ケレバ、上手ノ大工ノ細工人ノ入リ用モ無ク、衣裳ノ賁リ・模様無ケレバ、染屋・仕立テ屋ノ入ル用モ無ク、忽チ織リ屋ノ入リ用モ無ケレバ、綾羅錦繍ノ織職曾テ用無シ。
利倍ノ欲ヲ知ルコト無ケレバ、商人ノ用モ無ク、凡テ欲心無ケレバ、強盗シテ人ヲ殺シ人ヲ犯ス徒者モ無ク、色欲ニ溺ルルコト無ケレバ、腎虚ノ病者モ無ク、酒無ケレバ、飲ムコト無キ故ニ内損風・中気・中風等ノ病モ無ク、直耕ニ身ヲ勤メテ働ク故ニ、食傷・痞・積・水腫・脹満等ノ病者モ無ク、欲心ヲ知ラザレバ、一切ノ気病者モ無ク、常ニ耕シテ身ヲ使フテ倦ムコト無キ故ニ、難産ノ患ヒモ無ク、凡テ飽食・珍味・美膳・酒狂・淫欲モ無ク、不耕貪食シテ身ヲ倦マスコト無ケレバ、労症・虚病ノ者モ無ク、偶々寒・風・湿等ノ外邪ヲ得ルコト之レ有リテモ、常ニ身堅固ナル故ニ少シク寝ヌレバ、発汗シテ乃チ愈ユ。
故ニ『霊枢』『素問』ノ如キ自然・転定・人身、一進退ノ真感ナルコト夢ニモ知ラザル妄失・殺人ノ医術等モ之レ有ルコト無ケレドモ、妄リニ転年ヲ失ルコトモ無ク、孝・不孝ノ教ヒ無ケレバ、父母ニ諂ヒ親ヲ悪ミ親ヲ殺ス者モ無ク、慈・不慈ノ法ヒ教ヒ無ケレバ、子ノ慈愛ニ溺ルル父モ無ク、又子ヲ悪ム父母モ無シ。
人死スレバ引導ヲ為スト云イ、年暦レバ年忌・弔ヒヲ為ヨト云フ売仏モ無ケレバ、之レニ誑カサレ死後ヲ売仏ニ任セ心施ヲ貪ラレ、己レガ為ニモ成ラズ死セル者ノ為ニモ成ラズ、其ノ売仏ノ為ニモ成ラズ、総迷ノ愚人モ無ケレバ、凡テ法ヲ制シ私ニ失リ、耕サズシテ貪リ食フテ転道ヲ盗ム放逸ノ徒者モ無ク、自然真・自感・進退ノ無始無終ノ全体ノ転定ニシテ、転定ノ精気、穂穀・鞘穀ト成リ気血ノ基ヲ為シ、転通・定横・中土穀、逆気極マリテ発通ノ気、人ト生リ、穀ヲ食シ穀ヲ耕シ穀ニ生精シ、転定ト穀ト進退・生死シテ祖父祖母・父母・吾・子・孫ノ五倫ニシテ一身ナリ。
吾モ此ノ五倫、彼モ此ノ五倫、是レ乃チ自然・五行ノ自為ニシテ、転下一ニ是レニシテ全ク二別無ク、各々耕シテ、子ヲ育テ、子壮ンニナリ能ク耕シテ親ヲ養ヒ子ヲ育テ、一人之レヲ為レバ万万人之レヲ為テ、貪リ取ル者無ケレバ貪ラルル者モ無ク、転定モ人倫モ別ツコト無ク、転定生ズレバ人倫耕シ、此ノ外一点ノ私事ナシ。
是レ自然ノ世ノ有様ナリ。

 故ニ学問ノ世ニ為テ、自然ノ世ニハ「縄ヲ結ンデ覚ヘト為ス」ト云ヘルコト、失リナリ。
遺リ取リノ利倍ノ私欲無ケレバ、覚ヒヲ為スベキ用モ無シ。
縄ヲ結ンデ覚ヘトスル用スラ無キ世ナレバ、况ンヤ文字ノ義無ク、曾テ学問ト云ヘルコト無シ。
世ヲ暦ルニ及ンデ異相ノ者出生シテ、文字ヲ始メシナリ。