【千夜一夜物語】(58) アリ・ババと四十人の盗賊の物語(第851夜 – 第860夜)

前回、”細君どもの腹黒さ”からの続きです。

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昔、ペルシャのある町に、二人の兄弟が住んでいました。兄さんの名をカシムと言い、弟の名をアリ・ババと言いました。お父さんがなくなる時、兄弟二人に、財産を半分ずつに分けてくれましたので、二人は、同じような財産を持っておりました。
 さて、カシムはお金持のおじょうさんをおよめさんにもらいました。それからアリ・ババは貧乏な娘をおかみさんにもらいました。お金持のおじょうさんをもらったカシムは、毎日ぶらぶら遊んでくらしていましたが、そのはんたいに、アリ・ババは毎日せっせと働かなくてはなりませんでした。毎朝早くから三びきのろばを引いて森へ出かけて、木を切っては、それを町へ持って帰って売って、そのお金で、やっとその日その日をくらしてゆくというありさまでした。
 ある日のこと、アリ・ババが、いつものように森へ行って木を切っていますと、はるか向うの方に、まっ黒い砂けむりが、もうもうと立っているのが見えました。その砂けむりは、見るまにこちらへ近づいて来ましたが、見れば、それはたくさんの人が馬に乗って、いそいでかけて来るのでした。
「きっと、どろぼうにちがいない。」アリ・ババはふるえながら、三びきのろばをかくして、自分はそばの木にのぼりました。そして、こわごわ様子を見ていました。
 アリ・ババののぼった木の下まで来ると、どろぼうたちは、みんな馬からとびおりました。くらにつけてあった袋もおろしました。
 そして、そのどろぼうたちのかしららしい男が、木のそばにある岩の上にのぼって行きました。そしていきなり、
「開け、ごま。」
と、大きな声でさけびました。すると、どうでしょう。その岩が、ぱっと二つにわれました。中には重そうな戸が閉まっているのが見えました。やがて、その戸は見る見るうちにすうーっと開いてゆきました。そして、どろぼうたちが、その戸の中へどかどかと入って行くと、音もなく戸が閉まってしまいました。
 やがてまもなく、どろぼうたちは出て来ました。さっきのかしらが、また、
「閉まれ、ごま。」
と、さけびました。戸はすうーっと閉まってしまいました。そして岩も、もとの岩になってしまいました。どろぼうたちはどこかへ去ってしまいました。
 アリ・ババは木からおりました。そして、さっきどろぼうのかしらが言った、ふしぎな言葉をおぼえていたものですから、岩の上へのぼって、
「開け、ごま。」と、どなってみました。
 そうすると、やっぱり岩がわれて、さっきの戸が開きました。アリ・ババは中へ入って行きました。その中は大きなほら穴でした。りっぱな宝物や、金貨や銀貨をつめこんだ大きな袋が、すみからすみまで、ぎっしりとつみ重ねてありました。これだけのものをあつめるには、まあ何年かかったことだろうと、アリ・ババは思いました。そしておそるおそる、金貨をつめこんだ袋ばかりを六つ取り出しました。そして手早く三びきのろばにつんで、その上に金貨の袋がかくれるほど、切った木をつみ重ねました。それから、
「閉まれ、ごま。」と、大きく言いました。そうすると戸はやっぱり閉まって、岩にはあとかたもなくなりました。
 アリ・ババは家へ帰って来ました。おかみさんは金貨の袋を見て、大へん悲しそうな、またこわいような顔をして、アリ・ババに泣きつきました。
「まあ、お前さん、もしかしたらこれは?……」とまで言って、それからさきはもう声が出ない様子でした。
 するとアリ・ババは落ちつきはらって、
「安心おしよ。なんで私がどろぼうなんかするものかね。そりゃ、この袋は、もともとだれかがぬすんだものには、ちがいないがね。」
と、言いました。それから、金貨の袋を見つけたいちぶしじゅうを話して聞かせました。
 それを聞いて、貧乏なこのおかみさんは大へんよろこびました。そして、アリ・ババが袋からつかみ出す金貨を、「一枚、二枚」とかぞえはじめました。
 そのうちアリ・ババが、ふと気がついたように顔を上げて、
「そんなかぞえ方をするのはばかだね。そんなことをしていたら、みんなかぞえてしまうには何週間かかるかわかりゃあしないよ。いっそこれは、このまんま、庭へ穴を掘ってうずめようじゃないか。」と、言いました。
 するとおかみさんは、
「でも、私たちがどれほどのお金持になったのか、知っておいた方がよござんすよ。」
 そう言って、はんたいしました。そして、
「私はこれからカシム兄さんのところへ行って、ますをかりて来ましょう。そのますで、私がこの金貨をはかっている間に、お前さんが穴を掘ったらいいじゃありませんか。」
と、言いました。そして、おかみさんは、カシムの家へ出かけて行きました。
 カシムの家では、ちょうどカシムがるすでした。それでカシムのおかみさんに、
「姉さん。すみませんが、ますをかしてください。」とたのみました。
「すぐに返しに来るなら、かしてあげてもよござんす。」
 カシムのおかみさんは、ぶあいそうな顔をしてこう答えました。そして、どうしてアリ・ババの家でますがいるのか、ふしぎに思ったものですから、ますの底に少しばかりラードをぬって、かしてくれました。こうしておけば、このますで何をはかったにしろ、底にくっついて返ってくるにちがいないと考えついたからでした。
 アリ・ババのおかみさんは、ますをかりて、大いそぎで帰って来ました。そして金貨をはかってしまうと、また大いそぎで返しに行きました。けれども、ますの底に、一枚の金貨がくっついていたということには、ちっとも気がつきませんでした。
「まあ、なんてことだろう。アリ・ババの家では、あんまりお金がどっさり入ったので、かぞえきれないで、ますではかったんだね。」
 カシムのおかみさんは、金貨を見つけて、いまいましそうにどなりました。
 カシムが帰って来て、この話を聞いて、もっともっとおこりました。そしてすぐに、アリ・ババの家へ出かけて行きました。
「何だってお前はかくすんだね。私の家内は、お前がかぞえきれないほどたくさんの金貨を手に入れたので、ますではかったってことを、ちゃあんとかぎつけてるんだよ。さあどうして、そんなにたくさんのお金をこしらえたのか、はくじょうしろ。」と、アリ・ババにしかるように申しました。
 アリ・ババは、せっかくかくしていたことを知られてしまったので、がっかりしました。仕方がないので、兄さんに何もかも話してしまいました。そして、
「きっと、だれにも言わないでくださいよ。」と、言いながら、あの、「開け、ごま。」「閉まれ、ごま。」という言葉を、教えてしまいました。
 カシムは、自分の家へ帰って来て、十二ひきのろばを馬やから引き出しました。そして、それを引いて森の岩をさして出かけました。岩の前まで来た時、ろばをそばの木につないでおいて、
「開け、ごま。」
と、言いました。すぐに岩がわれて、あのふしぎな戸が開きました。
 もともとカシムは、大へんなよくばりやでした。それで、どろぼうたちの宝物を見て、とび上るほどよろこびました。そして、金貨の入っている大きそうな袋をえらんで、それを二十四も、戸のところまで引きずり出して来ました。そして、
「開け、大麦。」と、さけびました。
 まあ、どうしたのでしょう、戸は閉まったままでした。カシムはあわてて、
「開け、あずき。」と、言ってみました。けれども、やっぱり戸は開きませんでした。それからはもうますますあわてて、
「開け、小麦。」だの、「開け、あわ。」だのと、おぼえているかぎりの、穀物の名を言ってみましたけれど、やっぱり、だめでした。戸は一寸も開きませんでした。カシムは「ごま」をすっかり忘れていたのでした。
 ちょうどその時、どろぼうたちが馬に乗って帰って来ました。そして、かしらが、
「開け、ごま。」
と、さけんで、ほら穴の中へ入って来ました。そして、カシムと、引きずり出した金貨の袋とを見つけてしまいました。
 どろぼうたちは、自分たちの、人にかくしていたお倉を見つけられたので、大へん腹を立てました。そして、いきなりカシムをつかまえて、切り殺して、からだの肉を切りきざんでしまいました。そして、ここへだれでも金貨をぬすみに来ないように、カシムの肉のきれを一つ一つ、ほら穴の中へつるしました。
 カシムのおかみさんは、夜になってもカシムが帰って来ないので、大へん心配しました。そして、アリ・ババの家へ行って、カシムをさがしに行ってくれとたのみました。それでアリ・ババは、あくる朝早く、三びきのろばを引いて、ほら穴さして出かけました。
「開け、ごま。」そう言ってから、アリ・ババは中へ入って行きました。しかし入るとすぐに、おそれてちぢみ上ってしまいました。兄さんが殺されて、切りきざまれていましたから。アリ・ババは、ふるえながら、兄さんの切りきざまれた肉を、一きれずつていねいによせあつめて、二ひきのろばにつみました。そして、あとの一ぴきは強い小さな黒馬でしたが、これには金貨の袋を二つつみました。
 アリ・ババは町へ帰って来て、まずカシムの家の戸をたたきました。すると、モルジアナという女どれいが出て来ました。この女はカシムの召使の中でも、一番りこう者でありました。
 アリ・ババはモルジアナを招いて、その耳に口をつけて、
「お前のご主人はね、どろぼうに切りきざまれて殺されてしまったのだよ。けれども、だれもまだこのことを知っている人はないのだからね、お前これを、だれにも知らさないですますような工夫をしておくれ。」
と、たのみました。
 それから、アリ・ババは家の中へ入って行って、カシムのおかみさんに、いっさいの話をして聞かせました。
「けっして、悲しんではいけませんよ。これからは私たちと一しょにくらしましょう。私たちの宝物も分けてあげましょう。私たちはよく気をつけて、このことを、人にさとられないようにしましょうね。」
と、約束しました。
 それから、切りきざまれた、かわいそうなカシムを、ろばからおろして、となり近所の人々には、ゆうべ急病で死んだと言っておきました。
 モルジアナは、だいぶはなれた町の、おじいさんのくつ屋をたずねて行きました。そして、針と糸とを持って自分と一しょに来てください、とたのみました。それから、
「お前さんにたのみたい仕事というのは、どうしても人に知られてはならないことだからね、気の毒だけれど、お前さんに目かくしをして、その家まで私が手を引いて行くのですよ。」と、言いました。
 おじいさんのくつ屋は、はじめはいやだと言いましたけれども、モルジアナが金貨を一枚そっとその手ににぎらせましたら、すぐしょうちしました。モルジアナは、このくつ屋をつれて帰って来て、切りきざまれた主人の肉を、ぬいあわせるように言いつけました。くつ屋は、だれだって、ぬいあわせたとは思えないほど、かっこうよくつぎあわせました。それからモルジアナはまた、くつ屋に目かくしをして、その店までつれて行きました。
 こんなふうにして、カシムが殺されたことは、だれにも知れないですみそうでした。そして、アリ・ババとそのおかみさんとは、カシムの家に引っこして行って、みんなで一しょにくらすことになりました。

 けれども、その後どろぼうたちは、あのほら穴へ帰って、カシムのからだと、金貨の袋がまた二つもなくなっているのに、気がつきました。そして大へんおこりました。
「もう一人、おれたちのお倉を知っているやつがあるんだな、そいつをすぐに見つけなきゃならない。」と、さけびました。
 そうして、仲間の一人が、どろぼうでないような風をして町へ行って、あの切りきざんだからだをぬすんで行った者を、見つけて来ることにしようと相談がきまりました。
 さて、あくる朝、どろぼうの一人が、とても早く町へやって来ました。その時分は、カシムのからだをぬいあわせたおじいさんのくつ屋の店は、もう戸をあけていました。
「お早う、おじいさん。大へん、ごせいが出ますね。ほう、お前さん、こんなに早くから仕事をはじめるんですか。ふむ、だが、お前さんの目が、こんなうすあかりで見えるんですかねえ。」
と、どろぼうは、さもなれなれしく声をかけました。すると、くつ屋は、
「どうしてどうして、あっしの目はね、若い者だってかなやあしないんですよ。げんに、たったきのうのことですがね、あっしゃあ、切りきざんだ人間の死がいをぬいあわせましたよ。それがお前さん、だれが見たってぬい目なんかちっともわからないように、うまくできたんですよ。」と答えたのでした。
 どろぼうは、しめたと思いました。そして、
「え? そりゃほんとうですか。そして、そりゃ、どこの、だ、だれのです。」
と、聞き返しました。
「それがね、あっしにだってわからないんです。なぜかって、あっしゃあ、目かくしをして、そこの家へつれて行かれて、また同じようにして、つれて帰ってもらったんですから。」と、くつ屋が言いました。
 すると、どろぼうは、金貨を一枚、そっとくつ屋ににぎらせました。そして、その家へつれて行ってくれないかとたのみました。
「お前さんにまた目かくしをして、私が手を引いて行ったら、おおよそのけんとうがつくでしょう。もしその家がわかったら、もっとお金をあげますよ。」と、言うのです。
 そこで、とうとうくつ屋は、しょうちしました。そして、目かくしをされて、そろそろ歩きながら、カシムの家の前まで来た時、ぴたりととまりました。そして、
「ここにちがいありません。このくらいの遠さだったと思います。」と、言いました。
 そこで、どろぼうはポケットからチョークを出して、カシムの家の戸に白い目じるしをつけました。そして大元気で、森の仲間のところへ帰って行きました。
 それからまもなく、モルジアナは、このへんな目じるしを見つけました。
 これはきっと、だんなさまに悪いことをしようとする者がつけたしるしにちがいない、とモルジアナは思いました。それで、チョークを取って来て、町じゅうのどの家の戸にも、みんな同じようなしるしをつけて歩きました。
 さて、どろぼうたちは、町へ行った仲間から、あの切りきざんだ人間の家がわかったということを聞いて、大へんよろこびました。そしてその晩、戸に白い目じるしのついている家をさして、かたきうちに出かけました。けれども、町までおしかけて来た時、どの家の戸にも同じ目じるしがついているので、どれが目ざす家だか、かいもく知れませんでした。
「ばかめ、これが、りこうな人間のすることかい。お前は、すぐに殺してやるから待っていろ。」
 かしらは、けさ見つけに来たどろぼうを、こう言ってしかりつけました。それから、
「仕方がない、どろぼうの家はおれがさがすことにしよう。」と、言いました。
 次の日、かしらは、ふつうの人のような風をして、くつ屋の店へ行って、カシムの家を教えてもらいました。けれども、このかしらはりこう者ですから、チョークでしるしをつけたりなんかはしませんでした。気をつけてカシムの家を見て、しっかりとおぼえこんでおいて、晩のかたきうちの用意をしに、森へ帰りました。
 そして、まずはじめに、ろばを二十ぴきと、大きなかめを三十九と持ち出しました。そして、たった一つのかめに、油をなみなみとつぎこんだきりで、ほかのかめには一人ずつどろぼうを入らせました。そして、このかめをろばにのせて、町へ出かけました。そして、カシムの家の前まで来ましたら、アリ・ババはちょうど、外へ出て夕凉みをしているところでした。
「今晩は。」
 かしらは、ていねいにおじぎをして、
「私は遠方からまいった油商人でございますが、今晩だけ、とめていただけませんでしょうか。そして、この油がめをお庭のすみにでもおかせていただけたら、大へんつごうがよいのでございますが。」と、たのみました。
「ああ、よろしいとも。さあお入んなさい、さあ、さあ。」
 すぐにアリ・ババは、きげんよくしょうちしました。そして門をあけて、ろばを庭の中へ入れさせました。それから召使のモルジアナに、お客さまにごちそうをしてあげるように、と言いつけました。
 かしらは、ろばの背中から、かめを庭へおろしながら、中にいる一人々々のどろぼうに、自分が庭へ小石を投げたら、それをあいずに、かめのふたをやぶって、出て来いとつげました。
 どろぼうたちは、せまいかめの中で、じっとしんぼうしながら、あいずがあるのを、今か今かと待っていました。
 さて、台所では、モルジアナが、夕ごはんのしたくに、てんてこまいをしていました。ところが、そのいそがしいまっさいちゅうに、ランプがふっと消えてしまいました。あいにく家に油がきれていました。それで、あの庭にあるたくさんの大きなかめから、少しくらいもらったっていいだろう、と思って、ランプを持って庭へ出て行きました。そして、一ばん手近のかめのそばまで行きました。すると中から、
「もう、出る時分ですか。」と言う、しゃがれた声が聞えました。モルジアナは、びっくりしました。けれども、りこう者のことですから、落ちついた声で、
「まだ、まだ。」
 そう言って、次のかめのそばへ行きました。そのかめの中からも、同じようなことをたずねました。モルジアナは次から次と行きました。すると、どのかめからも、どのかめからも同じようなことをたずねました。モルジアナはどれにも同じように、「まだ、まだ。」と言っておきました。そして一番おしまいのかめにだけ、ほんとうの油がなみなみと入っていたのでありました。
「あああ、まあ、なんてふしぎな油商人なんだろう。全く、あきれてしまう。だが、これはきっと、だんなさまを殺すつもりにちがいない。」
 モルジアナは、うっかりしていては大へんだと思いました。
 そこで、すぐに大きなつぼを持って来て、一番おしまいのかめから油をくみ出して、それを火の上にかけました。そして油がにえ立つのを待って、それを、どろぼうたちのかくれているかめの中へ、次々とついで歩きました。それでどろぼうたちは、みんな殺されてしまいました。
 こんなにしてしまったものですから、かしらが庭をめがけて小石を投げた時は、どろぼうは一人だって出て来ませんでした。それで、かしらが庭へ出て、かめの中をのぞきますと、どろぼうたちはみんな死んでいたのでした。せっかくのかたきうちは、すっかりあべこべになってしまったのでした。かしらは、ほうほうのていで、森へにげて帰りました。
 あくる朝、モルジアナは、アリ・ババを庭へつれ出して、かめの中をのぞかせました。アリ・ババは人がいるのを見て、とび上るほどおどろきました。けれども、モルジアナが、手っとり早く、すっかり話をして聞かせましたので、どろぼうは、みんな死んでしまっているのだということがわかりました。
 アリ・ババは、こんな大きなさいなんからのがれたことがわかって、大へんよろこびました。そして、モルジアナに、
「ありがとう、ほんとうにありがとう。もうお前はどれいをやめてもいい。お前を自由な身にしてあげよう。また、そのほかにごほうびもあげよう。」と、言いました。

 さて、どろぼうのかしらは、手下が一人もいなくなったので、森のほら穴で、ただ一人、大そうさびしく、また悲しい月日をおくっていました。けれども、アリ・ババへかたきうちをすることは、前よりももっともっと熱心に考えていました。そして、またある一つの方法を考えつきました。そして、さっそく大きな商人のような顔をして、アリ・ババの息子の店のお向いに店を出しました。
 この大商人は大そう金持で、そして大そうしんせつでありましたから、アリ・ババの息子は、すぐにこの人をすきになりました。それで、お近づきのしるしとして、お父さんの家の晩ごはんによぶことにしました。しかし、このにせの商人は、アリ・ババの家へ行った時、アリ・ババに向って、
「あなたとご一しょにごはんをいただきたいのは山々でございますが、じつは私は、神さまに塩を食べませんと言ってお約束しているのでございます。それで、家でも、とくべつにいつも塩ぬきのりょうりをさせているようなわけでございますから、どうかあしからず。」
と言って、ごはんをたべることをことわりました。するとアリ・ババは、
「まあ、そんなことなら、ぞうさもないことでございますよ。今晩は、いっさい、塩を入れないように申しつけますから。」と言って、引きとめました。
 モルジアナは、この言いつけを聞いた時、少しへんだなと思いました。それで、おきゅうじに出た時、お客さまをよく気をつけて見ました。ところが、どうでしょう、そのお客さまはどろぼうのかしらで、しかも、そでの中に短刀をかくして持っているのがわかりました。モルジアナはおどろいてしまいました。
「ふん、かたきと一しょに、塩をたべないのはふしぎじゃない。」と、モルジアナは心のうちでつぶやきました。ペルシャには、こういう迷信があるのです。
 モルジアナは、すぐに自分のへやへもどって来て、おどり子の着る着物を着ました。そして、晩ごはんが終った頃を見はからって、短刀を片手ににぎって、お客さまのざしきへおどりをおどりに出ました。
 モルジアナは大そうじょうずにおどって、みんなにかっさいされました。にせの商人は、さいふから金貨を一枚出して、モルジアナのタンボリンの中へ入れました。その時モルジアナは、片手に持っていた短刀を、やにわに商人の胸につきさしました。
「ふとどき者め、お客さまをどうしようというのだ。」
 アリ・ババがしかりつけました。するとモルジアナは落ちついて、
「いいえ、私はあなたの命をお助けしたのでございます。これをごらんくださいまし。」
と言って、商人がそでの中にかくしていた短刀を取り出して見せました。そして、この商人が、ほんとうは何者であったかということを申しのべました。
 それを聞くと、アリ・ババは、ありがた涙にくれて、モルジアナをだきしめました。
「お前はわしの息子のおよめさんになっておくれ、そしてわしの娘になっておくれ、それがわしにできる一番の恩返しだ。」と、言いました。
 さて、それからずいぶん後までも、アリ・ババは、こわがって、あのふしぎなほら穴へ行ってみようとはしませんでした。しかし、ある年の末、もう一度行ってみました。ところが、どろぼうたちが死んでからは、だれも来ないらしく、中は昔のままでありました。それでもう、こわい者が一人もいなくなったことがわかりました。
 それから後は、「開け、ごま。」と、アリ・ババが、まほうの言葉を唱えさえすれば、あのふしぎな戸がすうーっと開いて、穴の中には、持ち出しても、持ち出してもつきることのないほどの、宝がありました。それで、アリ・ババは、国じゅうでならぶ者もないほどの、大金持になってしまいました。

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次回は、バグダードの橋上でアル・ラシードの出会った人たちです。

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