歌舞伎は世界に誇る、日本の伝統芸能です。
しかし、元々400年前に登場したときには、大衆を喜ばせるための一大エンターテイメントだったのです。
なんとなく難しそうなので、ということで敬遠されている方も多いのかもしれませんが、そもそもは庶民の娯楽だったもの。
一度観てみれば、華やかで心ときめく驚きと感動の世界が広がっているのです。
しかも歌舞伎は、単に400年もの間、ただただ伝統を受け継いできただけではありません。
時代に呼応して常に変化し、発展・進化してきているのです。
This is ” KABUKI ” ( ノ゚Д゚) もっと歌舞伎を楽しもう!(4) 演目の分類と一覧について
前回は歌舞伎の演目をざっと整理してみましたので、ここからは具体的な演目の内容について触れてみましょう。
今回は、舞踊の中から『連獅子』です。
能の『石橋』の小書を歌舞伎舞踊化した『連獅子』は、白頭と赤頭の親子の獅子が登場し、前半の親が子に試練を与えるため谷底へ蹴落とすシーンが有名なものです。
親獅子は、子獅子を引き立てるようにして前に進み出て、子獅子を谷底へ蹴落とし、子獅子はすがりついて甘えてきます。それでも親獅子はそんな子獅子を、あえて冷たく突き落とすのですが、いつまでも這い上がってこない子獅子が心配になり、 「登り得ざるは臆せしか」といって、実は不安に駆られてしまいます。
落ち込む親獅子は、やがて、川面に映る子獅子の姿を見つけ、驚きから再会の感動を表現します。
後半は、豪快な三味線の演奏に続き、親獅子は白の獅子頭、子獅子は赤の獅子頭で、豪快な毛振りへと移り、最後は正面に向き、 「獅子の座こそ直りけれ」と、正面に堂々とした姿できまって幕切れとなります。
前半の親と子の深い情と激しい子への試練の表現、後半は親獅子・子獅子の息の合った激しくて堂々とした獅子の舞という構成です。
『連獅子』
舞台は天竺の清涼山という山の中。
そこには「石橋」と呼ばれる伝説の石橋があります。
下は千尋の谷。
橋の形をしてはいますが渡る事はほぼ不可能です。
橋の向こうは文殊菩薩の住む世界とされています。
右近と左近という「狂言師」が登場しますが、滑稽なことを言う訳ではなく、格調高く石橋の様子や、そこに住む文殊菩薩の使いだという獅子、そして獅子の親子の有名なエピソード、親獅子が子獅子を千尋の谷に突き落とし、這い上がってきた強い子供だけを育てるという話を語って、舞います。
「それ牡丹は百花の王にして
獅子は百獣の王とかや
桃李にまさる牡丹花の今を盛りに咲き満ちて
虎豹に劣らぬ連獅子の
戯れ遊ぶ石の橋~」
で、白い手獅子を持った狂言師右近と赤い手獅子を持った左近が出てきます。
ふたりが踊るのは、親子の獅子のさま。
親獅子が子獅子を谷に蹴落としても子獅子は必死で駆け上がってくるもので、何度か突き落とされているうちに、子獅子は疲れて眠くなり、下でひと休みします。
そうとは知らないから心配になった親獅子は谷底の川面を覗き込む。
「水に映れる面影を見るより子獅子は勇み立ち
翼なければ飛び上がり
数丈の岩を難なくも駆け上がりたる勢いは
目覚ましくもまた勇まし」
子獅子は水に映った父獅子を見て我に返り、断崖絶壁を駆け登って父のところに戻ります。
ふたりの僧が出て来ます。
日本から修行にやってきた蓮念と篇念です。
「蓮念」の「連」は「南無妙法蓮華経」の「蓮」、法華宗の僧で、方や「遍念」は浄土宗の僧です。
ふたりとも石橋の向うの文殊菩薩の世界を拝みたくてやってきました。
道連れで来たのですが、宗派の違いからけんかとなります。
やがて不気味な風が吹き、獅子が出るかもしれないと思ったふたりは、逃げていきます。
狂言師たちが獅子の精になって登場します。
先に白い頭の親獅子が悠然と出てきて、後に赤い頭の子獅子が続きます。
子獅子は花道の七三のあたりで立ち止まると、そのままの姿勢を保ちながらすごい勢いでいったん揚幕の方に引っ込みますで、再び出てきて舞台に進み、親子揃っての毛振りとなります。
獅子の舞を舞い、胡蝶にたわむれているうちに獅子の精が乗り移ったのです。
後ジテの舞いとして親子の獅子は激しく舞い、「獅子の座」に上がって収まります。
せか