浜松中納言物語の世界:平安時代から及ぶ輪廻転生の愛と魂!

『浜松中納言物語』は、作者未詳(通説では菅原孝標女)の平安時代後期の6巻(現存5巻)からなる輪廻転生物語です。
主人公中納言が、吉野山に唐の后の母を尋ねその姫君に思いをよせる話で、夢のお告げと転生によって物語が進行し、神秘的夢幻的な浪漫性を湛えている物語で、伝奇性の強い作品でもあります。
内容としては、
 ・主人公中納言が亡き父が唐土の皇子に転生したとの夢告げを得て、渡唐。
 ・かの地で皇子の母后と恋に落ち、一子を儲けて帰国。
 ・吉野で巡り逢った唐后の義妹に思いを寄せるが式部卿宮に奪われ、やがて彼女の胎内には唐后の生まれ変わりが宿る。
といったもの。
『源氏物語』の影響が色濃く出ているとされていますが、輪廻転生と絡め、少し整理しておきたいと思います。

まず、現存の『浜松中納言物語』ですが、散逸首巻とされているものは『無名草子』『拾遺百番歌合』などに引用された和歌や夢告の言句などから、主人公の中納言についての生い立ちから渡唐に至る前史が書かれており、その上で現存の冒頭部にあるような入唐の叙述につながると言われているものです。
確かに散逸首巻という形で不完全な体裁ではあるものの、現存の5巻だけ見ても、物語りとしては十分整った体裁であると読めるものです。
中納言の恋愛遍歴には絶えず唐后との神秘的夢幻的な出合いが甘美に回想されており、人物の評価やその出没さえ唐后との関わりにおいてなされていることを考えれば、5巻の物語は唐后への満たされない憧憬の物語ということになる訳です。

『源氏物語』の「桐壺」「宇治十帖」の影響が大きいといわれている『浜松中納言物語』ですが、それは人物配置・部分的構想・叙述描写におけるものだけで、実際には悲劇的結末を回避し、纏綿たる情緒世界の密度などの面ではかえって『源氏物語』を凌駕しようと試みた物語を狙ったのではないかと思われるのです。

三島由紀夫もこの『浜松中納言物語』に触発されて『豊饒の海』を執筆したことを言及しているのですが、作中の聡子と清顕の禁断の恋はまさに『浜松中納言物語』の転生輪廻を題材にしていることが読み取れます。
※)『豊饒の海』については、以下でも整理してありますので参考にしてください。
三島由紀夫!豊饒の海に織り込められた人間の姿!

豊饒の海』では、まず『春の雪』で
・主人公清顕が綾倉聡子と恋をして子を宿させる。
・しかし聡子は、宮家へ輿入れの話が進行。
・やむなく聡子は月修寺で尼になり、清顕は死ぬ。
やがて『奔馬』では
・清顕の友本多繁邦が、三輪神社の剣道試合で飯沼勲を見出す。
・滝に打たれる飯沼少年に三つの小さな黒子があるのを目撃し、松枝の生まれかわりと確信。
・勲は奔馬の如く切腹して死ぬ。
となり、『暁の寺』では
・勲は暁の寺でシャムの王女月光姫に再生。
・ジン・ジャンの左乳首の左に三つの黒子があるのを、本多は発見。
というプロットがありますが、これは『浜松中納言物語』の中納言と大姫の契りが、大姫の式部卿宮に嫁することにより破れ、大姫は尼となり、中納言は亡き父宮が唐の第三皇子に生まれ変わっているという、王朝の夢の再生に他なりません。
川端康成に「古今を貫く名作、比類を絶する傑作」といわしめている『豊饒の海』は、まさに『浜松中納言物語』にインスパイアされているのです。

また、先に整理した王朝物語※)の『無名草子』には、藤原定家作とも伝えられる『松浦宮物語』に大きな影響を与えたという記述があり、その他にも同じく王朝物語の『今とりかえばや』への影響があるという指摘も有るほどです。
※)王朝物語の整理については、以下を参考にしてください。
王朝物語サーガ:源氏物語の流れを汲む古典文学!

そんな中、最近の映画『クラウドアトラス』にも『浜松中納言物語』の影響を色濃くみることができます。
クラウドアトラス』は、マトリックスシリーズのウォシャウスキー兄弟が監督した映画で、興行的には大きく失敗した作品です。
実際、何世紀にも渡る壮大で複雑な物語のため、かなりの長編映画ということもあってのことだと思うのですが、扱うテーマも輪廻転生、永劫回帰、人種・ジェンダー・性による壁、境界・溝と多岐に渡っています。
原作者のデイヴィッド・ミッチェル自身が、三島由紀夫の『豊饒の海』にインスパイアされて書いたと言及しているのですが、そうなるとやはり原点は『浜松中納言物語』ということになります。

物語本編だけでなく、多くの物語に輪廻転生していく、平安時代の意志と愛と魂。

どこから手を付けてもすべてが巡る輪廻転生クロニクルの世界に、耽溺してみてはいかがでしょうか。

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