江戸時代の著名な儒学者に佐藤一斎という人がいました。
当時、3,000人を下らないといわれた門弟には、佐久間象山、山田方谷、渡辺崋山、横井小楠、勝海舟などといった幕末の志士達が大勢おり、吉田松陰や西郷南洲などもその教えを学んだといわれています。
幕末の人材を育成したひとりとも言われる佐藤一斎が残した著書には、”重職心得箇条”や”言志四録”といった指導者のバイブルとして有名なものがあります。
以下は有名な一句ですのでご存知の方も多いかと思いますが、これも”言志四録”の中のひとつですね。
「少くして学べば、則ち壮にして為すことあり
壮にして学べば、則ち老いて衰えず
老いて学べば、則ち死して朽ちず」
私には、江戸時代を代表する陽明学者という印象が強い方です。
※)言志四録も後日きちんと整理したいと思います。
そこで今回は、そんな中でもわかりやすいといわれる”重職心得箇条”です。
まあ、箇条書きで17の心得が集められているものですので、取っ付きやすい書物のひとつです。
小泉純一郎元首相が当時の田中真紀子外相に手渡したことで有名にもなりましたが、読んだか否かは定かではありません。(でも結果を見る限りは自明ですね)
ざっと17の心得を要約しておきますが、ひとつひとつを見ても現在でも十分通用する内容に、改めてきちんと心がけるべき訓戒と捉えておくべき不朽の書といえるのではないでしょうか。
第一条:重厚にして威厳を養え:小事に区々たらず、大事に抜目なし。役職の意味を考えて、言動を定めること。
第二条:私情を払って部下を引き立てよ:大度を以て寛容せよ。選り好みせずに、意見を採用する
第三条:家法は守るが、因襲にとらわれるな:祖先の法は重宝するも、時世に応じて古いしきたりを変える
第四条:先例に従うことなかれ:自案無しに先例より入るは当今の通病なり。先例遵守より現実に合った案を出す
第五条:機に応じる臨機応変こそ大事なり:機に従がうべし。好機の先ぶれを察知する
第六条:活眼で全体を把握して核心をつかめ:活眼にて視るべし。近視野をはなれて核心をつかむ
第七条:服従を強制するな:苛察は威厳ならず。部下の多くが厭がることを命令しない
第八条:「忙しい」と決して口にするな:度量の大たること肝要なり。仕事が忙しいと言うことを恥じなさい
第九条:信賞必罰の権利を離すな!:刑賞与奪の権は大事の儀なり。部下に勤務査定はさせない
第十条:長期的展望に立って、現前の問題に対処せよ:大小軽重の弁を失うべからず。目線を高くして仕事をこなす
第十一条:人を受け入れて、知恵を蓄える器量を持て:人を容るる気象と物を蓄る器量こそが大臣の体なり。胸中を開いて包容力をもつ
第十二条:定見があっても臨機に応変すべし:貫徹すべき事と転化すべき事の視察あるべし。固い頭は組織の弊害を生む
第十三条:信をもって貫き、義をもって裁け:信義の事よくよく吟味あるべし。腹に公平な信義の信念をもつ
第十四条:実のない繕いごとはするな:自然の顕れたるままにせよ。手数を省く事が肝要である
第十五条:建て前と本音を使い分けるな:風儀は上より起こるものにして上下の風は一なり。表裏した言葉は組織を悪汚染する
第十六条:秘密主義は疑心を生ませる:打ち出してよきを隠すは悪し。マル秘は隠すが、それ以外は公表する
第十七条:人心を一新して、停滞を一掃せよ:人君の初政は春の如し。スタートでは明るく心気一転をはかる
ひとつひとつは至極当たり前で読むに足らず、と思われるかもしれません。
でもこの当たり前なひとつひとつを改めて噛み締めてみると、実は日々の中で結構忙殺しがちな事柄であることに気付かされるかと思います。
二百年後を経てもなお残っていることが、それを証明していますね。
自戒の念も込めて、改めて心に留めていきたいものです。