【千夜一夜物語】(5) せむし男および仕立屋とキリスト教徒の仲買人と御用係とユダヤ人の医者との物語(第24夜 – 第32夜)

前回、”斬られた女と三つの林檎と黒人リハンとの物語”からの続きです。

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昔、シナの国(中国)に仕立屋がいて、ある日、せむし男を夕食に招いたが、魚を無理に食べさせたところ喉に詰まらせて、せむし男は死んでしまった。
仕立屋は、死体をユダヤ人医師の家に捨てたところ、ユダヤ人医師は死体につまずき階段から落としてしまい、自分が殺したと勘違いした。
ユダヤ人医師はせむし男の死体を御用係の家の台所に捨てたところ、御用係は泥棒と勘違いし、死体を棒で殴り、自分が殺したと勘違いした。
御用係はせむし男の死体を市場の壁に立てかけて置いたところ、通りがかったキリスト教徒の仲買人が強盗と勘違いし、死体を殴りつけ、自分が殺したと勘違いした。
キリスト教徒の仲買人は捕まり死刑を言い渡されるが、御用係、ユダヤ人医師、仕立屋が次々「実は自分が殺した」と自首したので、一同は王の元に連れてこられ、「キリスト教徒の仲買人の話」「シナ王の御用係の話」「ユダヤ人医師の話」「仕立屋の話」が語られた。
王は、仕立屋の話が気に入り、その話に出てきた床屋を召し出すが、床屋はせむし男の喉に詰まった魚を取り出して、せむし男を生き返らせた。
一同は王の庇護のもと、幸せに暮らした。

【キリスト教徒の仲買人の話】

あるカイロ生まれのコプト人のキリスト教徒の仲買人の所に美しい若者が来て、50アルデブの胡麻を1アルデブ当たり100ドラクムで売る仲介を依頼した。
仲介は成功し、5000ドラクムの代金のうち500ドラクムは手数料として仲買人が受け取り、4500ドラクムは若者が一ヵ月後受け取るとして、仲買人が預かることとなった。
しかし1か月経っても若者は金を受け取らず、その後もいつまでも金を受け取らなかったが、ついに1年後若者が金を受け取りに来たとき、仲買人は若者を宴会に招き、左手で食事をするのを見て、若者に右手がないことを知った。
仲買人が理由を尋ねると、若者は「右手のないバグダードの若い商人の話」を語った。

【右手のないバグダードの若い商人の話】

若者はバグダードの大金持ちの息子であったが、父が死に遺産を相続した後、遺産で商品を買いカイロに旅立った。
カイロで商品を売っていると、若者は商品を買いに来た美しい女に恋をしてしまった。
若者は毎日その女の屋敷に通い、一夜を共にし、50ディナールを渡して朝帰るということを続けたが、ついに金がなくなり、困ってしまった。
若者は市場を歩いているとき人にぶつかり、手が財布に触れた拍子にその財布を盗んでしまったが、その場で捕まり、罰として右手を斬られてしまった。
行く当てもなく女の屋敷に行くと、女は悲しみ、右手を失った若者と結婚した。
今まで渡した金は全て手付かずで残っており、若者に返してくれた。
しかし、女は悲しみのあまり病になり死んでしまった。
若者は女の遺産を相続したが、遺産は膨大で、1年かけてようやく処分し終えたので、仲買人の所に金を受取に来たのであった。

【シナ王の御用係の話】

シナ王の御用係は、ある宴会に行ったとき、ロズバジャというおいしい料理が出されたので、一同おいしく食べていたところ、一人の男だけがそれを食べなかった。
一同が理由を尋ねると、男は親指のない商人の話を語った。

【親指のない商人の話】

男の父はバグダードの大商人で、ハールーン・アル・ラシードの時代の人物であった。
父の死後、男はバグダードで商人をしていたが、店に高額な商品をつけで買いに来る美しい乙女に恋をしてしまった。
その乙女は、ハールーン・アル・ラシードの妃ゾバイダのお気に入りの買物係の侍女であった。
男は侍女の手引きで後宮に忍び込み、ゾバイダの許しを得てその買物係の侍女と結婚することとなったが、結婚式の宴会で出されたロズバジャを食べた後、手を洗わずに初夜に臨んでしまい、買物係の侍女は手に付いた匂いでそれに気づき、手も洗わない無神経さに怒り、男を捕らえて両手両足の親指を斬ってしまった。
男が「灰で40回、ソーダで40回、石鹸で40回手を洗った後でなければ、ロズバジャは食べない」と誓ったところ女の怒りは収まり、二人はいっしょに暮らしたが、1年後女は死に、男は悲しみで旅に出て、シナの国まで来たのであった。

【ユダヤ人医師の話】

ユダヤ人医師が若い頃、ダマスの市で医師をしていたとき、市の総督から病人を看るように言われて総督の宮殿に行った。
病人は美しい青年で、脈を取るため腕を出すように言うと、青年は非礼にも左腕を差し出した。
ユダヤ人医師は10日間看病し、青年の病気が治ったので、共に風呂(ハンマーム)に入ったが、青年の右手が斬られてなくなっているのを見て驚いた。
青年は、ユダヤ人医師に「右手のないモースルの若者の話」を語り、なぜ右手がなくなったのかを教えた。

【右手のないモースルの若者の話】

若者はモースルの町の豪商の息子であったが、叔父たちと共にカイロに商売の旅に出かけ、途中ダマスに立ち寄り商売で大儲けをし、若者はダマスに留まり、叔父たちはカイロへの旅を続けることになった。
若者は豪華な家を借り、叔父たちの帰りを待ったが、ある日、屋敷の前を美しい若い女が通ったので声をかけたところ、女は家に来たので、若者は豪華な食事で歓待し、そのまま夜をともにした。
翌朝、女は「3日後また来る」と言い残し、名前も言わずに去っていった
。謎の女は3日毎に若者の家に来て夜をともにし、翌朝帰って行った。

ある日、女は「今度来るとき、私より若く美しい女を連れて来るが良いか」と若者に聞いたので、若者が「良い」と答えると、3日後、謎の女は若く美しい女を連れて来た。
謎の女は「この女の方が私より美しいと思うでしょう。」と聞いたので、若者は「はい。」と答えたが、謎の女は「ならばこの女と夜をともにしなさい」と言った。
若者と若い女は別の部屋に行き、夜をともにしたが、若者が朝目覚めると、若い女は斬られて死んでおり、謎の女はどこにもいなかった。

若者は、若い女の死体を家の床下に穴を掘って埋め、大家に家賃を前払いして家を封印し、カイロに逃げた。
カイロでは叔父たちと暮らしたが、叔父たちは商品を売りつくしたので、モースルに帰ることになったが、若者は一人カイロに残った。
しかし、その後、金が少なくなったので、若者はダマスに戻った。借家に帰ると、中はそのままになっていたが、クッションの下に殺された女の首飾りを見つけたので若者はそれを市場で売ることにした。

市場で仲買人に首飾りを見せたところ、どうやって首飾りを入手したかを質問されて答えることができず、奉行(ワーリー)の所に連れて行かれ、盗んだとウソの自白をしてしまい、罰として右手を切られてしまった。
しかし、首飾りを見た総督が若者を呼び出し、真実を語るように命じたため、若者は真実を総督に告げた。
総督は、謎の女は総督の長女であり、殺された女は総督の次女であり、長女が嫉妬のため殺したこと、長女はそれ以来閉じこもって泣いていること、若者に罪がないことを告げ、若者に総督の三女を嫁にし総督の養子になるように言ったため、若者は承諾した。
それ以来、若者は総督とともに幸せに暮らした。

【仕立屋の話】

せむし男の事件が起こった日の朝、仕立て屋は職人仲間との宴会に出ていた。
そこにバグダード風の服装をした片足の悪い美青年が招かれて来たが、一座の中に床屋の姿を認めると立ち去ろうとした。
人々が理由を尋ねると、青年はその床屋こそ故郷バグダードで彼が片足を悪くするに至った不幸の元凶だと答え、次のように語った。

【足の悪い若者とバグダードの床屋の物語】

青年はバグダードの富裕な商人の一人息子だった。
彼はあるとき法官(カーディー)の娘である美しい乙女を見かけ、恋患いに寝付いてしまった。
すると一人の老婆が訪れてきて娘との取り持ちを買って出た。
老婆から青年の話を聞いた娘は父の法官が金曜の礼拝に出かけている間に家にやって来るよう老婆にことづけた。
さて金曜、青年は娘を訪れる前に床屋を呼んで身なりを整える事にした。
やって来たのがくだんの床屋だった。青年は床屋をせかすが、床屋は長々とお喋りしていっこうに仕事を済ませないばかりか、青年と娘の逢瀬に付いていこうと出しゃばった。
やっと頭を剃り終えた青年は娘のもとへ向かうが、床屋はこっそり後をつけた。
青年が上の階の娘の部屋に通されるや否や法官が帰ってきてしまい、下の階の部屋で何か不始末をした奴隷を鞭打ちし始めた。
その悲鳴を聞いた床屋は青年が捕まったのだと思い込み、青年の家の人々や群衆を引き連れて法官の家に押し入った。
逃げ場のない青年は大きな箱に隠れた。
床屋は中に青年がいるのを察して箱ごと外に運び出すが、野次馬が寄ってたかって箱の蓋を開けてしまう。
青年はその場から逃げ出そうと箱から飛び降りる際に片脚を折ってしまった。
床屋が今後決して青年から離れずその相談役になろうと言うのを聞いてぞっとした青年は、床屋から逃れるために故郷のすべてを捨ててバグダードを出奔した。
しかしここ遥かシナの国で再び床屋と遭遇してしまったのだと仕立て屋達に語り終えると、青年は立ち去ってしまった。
驚いた一同が青年の話は本当か問いただすと、床屋は自分がその6人の兄達と違っていかにお喋りでなく出しゃばりでもないか聞かせると言って次のように語った。

【バグダードの床屋とその6人の兄の物語】
【床屋の物語】

わたしは教主エル・モンスタル・ビルラーのころバクダードに暮らしていたが、十人の盗賊たちと一緒にいたところをひとまとめに捕らえられた。
十人の首をはねよと命ずる教主に対し、わたしは「沈黙家」の名のとおり何も言わずにいる。
やがて十人の首が落ち、わたしだけが残ると、それに気づいた教主はそのわけを問う。
わたしは六人の饒舌な兄の話をした。第一の兄は片足がきかず、第二の兄は片目で、第三の兄は前歯がなく、第四の兄は盲人で、第五の兄は両耳と鼻をそがれ、第六の兄は唇がない。

【床屋の第一の兄バクブークの物語】

兄は仕立屋をしていたが、家主の妻に恋をする。しかしこの女は兄を利用し、さんざんタダで仕立てをさせ、最後には罠にかけて妻を襲ったふうに装い、捕らえられた兄は引き回されている途中に駱駝から落ちて足を折ってしまった。
わたしは兄を助け、以後これを庇護しているのだ。

【床屋の第二の兄エル・ハダールの物語】

この前歯が欠けた兄が町を歩いていると、老婆が話しかけてきて、余計なことを言わないと約束するならば乙女たちと楽しく過ごせるだろう、という。
ついていってみると確かに三人の美女がいて、さんざんわるふざけをしたあと兄のヒゲをそり顔におしろいを塗りたくり、陰茎をおっ立てて裸の女と追いかけっこをするように求められる。
そのとおりにするといつのまにか往来の真ん中に出た。
人々は兄の風体をみると狂人だとおもい、鞭打ちのうえ都を追放された。
わたしは兄を助け、以後これを庇護しているのだ。

【床屋の第三の兄バクバクの物語】

盲人である兄は物乞いを生業にしていた。ある家に施しを受けにいくと、それは名うての泥棒で、ひそかに兄の後をつけ、物乞い仲間と三人で食事をしているところに入り込んで一緒に食い物を食べてしまう。
それに気づいて騒ぐと、泥棒も盲人のふりをする。
四人とも奉行の前にひきたてられると、泥棒は四人の財産を三人で山分けしようとしているのだと訴える。
奉行は財産の四分の一を泥棒にあたえ、残りは自分のものとした。
わたしは兄を助け、以後これを庇護しているのだ。

【床屋の第四の兄エル・クーズの物語】

この兄は肉屋をいとなんでいたが、ピカピカの銀貨で買物にくる常連の老人がいた。
兄はこの銀貨を特別に貯めていたが、あるときそれを見るとすべて丸い白紙に変わっている。
老人を問い詰めると、魔法に通じていたその男は、店にある羊肉を人肉にみせて告発する。
兄は片目をえぐられ、全財産を没収されて追放されてしまった。
次にたどり着いた町で兄は靴直しをはじめるが、その地の王は眇(すがめ)がなにより嫌いで、見かけるとかならず殺すという。
そこも逃げだすが、また次の町で兄は泥棒にまちがわれさんざんなめにあった。
わたしは兄を助け、以後これを庇護しているのだ。

【床屋の第五の兄エル・アスシャールの物語】

なまけものの兄は父の遺産を受け取ると、それを元手にガラス細工の露天商をしていた。
店番をしながら美しい大宰相の娘を妻にめとる妄想をする。妄想はどんどんエスカレートし、地位のある娘につれなくする空想のはずみに足をふると、売り物のガラス細工を蹴倒してすべてこわしてしまう。
嘆いていると大勢の従者を連れた婦人が、兄に施しを与えた。
その後兄の家に老婆が訪ねてきて、あの婦人はお前に気があるために金を与えたのだという。
導きにしたがって婦人を訪ね、兄は楽しい一夜を過ごすが、次の朝屈強な黒人があらわれて兄をずたずたに切り裂き、身ぐるみをはいで地下のあなぐらに放り込んでしまった。
これは盗賊団の罠だったのである!
奇跡的に一命をとりとめた兄は、逆に一味を罠にかけて黒人や老婆たちを殺してしまう。
そして女にせまると、彼女はむりやり連れてこられ協力させられていたという。
兄は女をゆるし、盗賊団がためた金を持ち出すために人足を呼びにいって戻ってみると、すでに女の姿はなく、そこへ警吏があらわれて兄は捕らえられてしまった。
奉行は金をすべて着服し、兄は追放される。
さらに城門をでたところで強盗におそわれ、兄が無一文であることを知るとかれらはその腹いせに兄の唇と鼻を切り取ったのである。
わたしは兄を助け、以後これを庇護しているのだ。

【床屋の第六の兄シャカーリクの物語】

ひどい貧乏の兄は、ひとにたかってくらしていた。
ある立派な家に施しを受けにいくと、そこの主人である老人はこころよく引き受け、なにもない料理をうまそうに食って見せる。
持ち前の調子良さをみせ架空の宴会にのってみた兄だが、そのうち腹に据えかね、架空の酒で酔ったふりをして老人をひっぱたく。
しかし老人はかえって大笑いし、以後兄は老人と親しく過ごした。
しかし二十年後老人が死ぬと、兄は旅に出るのだが、ベドウィン人の盗賊に襲われて奴隷にされてしまった。
頭目の妻は淫乱な女で、再三兄に関係をせまる。
魔が差して女を抱いた兄を頭目がみつけ、ベドウィン人は兄の唇をそぎ、さらに陰茎を切り落としたのである。
わたしは兄を助け、以後これを庇護しているのだ。

教主エル・モンスタル・ビルラーはおおいに楽しんだが、思うところあるといい、わたしを所払いにした。
その後教主がなくなるとわたしはバクダードにもどるのだが、若者の家に呼ばれたのはそのときのことである。

組合員たちはこれを聞いて、やはり床屋に非があると考え、彼を一室に閉じ込めた。
せむしの男に会ったのは、この宴会がはねたあとのことである。

シナの王はここまで聞くと、床屋も召し出した。
床屋はここまでの話をきき、せむしの様子をみるとぷっと噴き出し、術を施すと、なんとせむしは蘇生したではないか!
王はたいそうよろこび、一同のものたちは以後多くの富を賜って裕福に暮らした。

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次回は、美しいアニス・アル・ジャリスとアリ・ヌールの物語です。

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