【千夜一夜物語】(29) アブー・キールとアブー・シールの物語(第487夜 – 第501夜)

前回、”漁師ジゥデルの物語または魔法の袋”からの続きです。

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昔、アル・イスカンダリア(アレキサンドリア)に染物屋のアブー・キールと床屋のアブー・シールという者がいた。アブー・キールは染物の仕事を期日通りにしなかったり、客から預かった生地を売り飛ばしたりしたので、誰からも信用されなくなっていた。床屋のアブー・シールは、食うに困ったアブー・キールの面倒を見ていたが、そもそも床屋では収入が少ないので、窮乏していた。そこで、2人は新しい土地をめざし、船に乗って旅に出た。

2人は食料を持たずに船に乗ったが、乗客が140人の大きな船だったので、床屋のアブー・シールが船上で床屋を始め、代金の換わりに食料をもらったので、沢山の食料が手に入った。床屋のアブー・シールは船長の頭も剃ってあげたので2人は船長から夕食に誘われたが、染物屋のアブー・キールは部屋に残り、床屋のアブー・シールが入手した食料を一人で全部食べてしまった。翌日もその次の日も、床屋のアブー・シールは船上で床屋をして食料を入手し、船長に夕食に呼ばれ、その間、染物屋のアブー・キールが食料を全部食べてしまうということが続いた。

船に乗って21日目に船は港に入り、2人は船から降り、宿屋に入った。床屋のアブー・シールは早速露天で床屋を始め、その日の稼ぎで食料を買い、2人で食べたが、染物屋のアブー・キールは何もせず、宿屋で寝ているだけであった。このように40日過ぎたとき、床屋のアブー・シールは病気になって寝込んでしまったが、染物屋のアブー・キールは食事を用意する人がいなくなったので、寝込んでいる床屋のアブー・シールから金を取り上げ、宿屋を出て行ってしまった。

染物屋のアブー・キールは、床屋のアブー・シールから取った金で飲み食いし町を歩き回ったが、町の人の服が青の染物しかないことに気付き、また、町の染物屋の相場が、アル・イスカンダリアでは半ドラクム程度の仕事が20ドラクムもすることを知った。染物屋のアブー・キールは、町の王にいろいろな色で染色できる染物工場を作ることを進言し、そのために資金援助を願い出たところ、王は許可した。アブー・キールの染物工場でできる色とりどりの布地に王は大変喜び、沢山の褒美を与えた。アブー・キールの染物屋は大変繁盛し、町一番の金持ちになった。

一方、床屋のアブー・シールは、金を全部取られて、病気で宿屋で寝ていたが、宿屋の門番が気の毒に思いアブー・シールの費用を払い看病してくれたので、2ヵ月後には回復して町に出られるようになった。町に出ると、染物屋のアブー・キールが大金持ちになった話を聞いたので、会いに行ったが、染物屋アブー・キールは床屋アブー・シールに会うなり棒で100回たたいて追い返してしまった。床屋のアブー・シールは泣きながら宿屋に帰った。

床屋のアブー・シールは、翌朝浴場(ハンマーム)に行こうとしたが、町に浴場が無いことを知り、王に浴場の利点を説いて、浴場建設の資金提供を願い出たところ、王は許可した。浴場が出来上がると、まず王が入浴し、その心地よさに感激した。王は入浴料として千ディナール払い、他にも沢山の褒美を与えた。入浴料は、入浴した者の資力と寛大さにより入浴した者が決めることになった。王の後は貴族たちが入浴し、アブー・シールは多額の入浴料と褒美をもらった。次の日から3日間は無料とし、沢山の人が入浴した。さらに、王妃が入浴を希望したので、午前は男、午後は女の入浴時間とし、さらに多くの人が入浴した。

染物屋アブー・キールは、床屋アブー・シールの浴場が大繁盛し大金持ちになったことを聞き、入浴しに来た。床屋アブー・シールは棒で100回打たれたことを恨みに思っていたが、染物屋アブー・キールが弁解すると許した。染物屋アブー・キールはお詫びの印として、ヒ素と生石灰を混ぜて脱毛剤を作ることを床屋アブー・シールに教えたが、その足で王のところに行き、床屋アブー・シールがヒ素と生石灰で王を毒殺しようとしていると嘘を言った。王は真偽を確かめるため総理大臣を連れて浴場に行き入浴したが、床屋のアブー・シールが脱毛剤を薦めたので、総理大臣に使わせたところ、毛が抜け落ち、王は毒だと思い床屋のアブー・シールを捕まえ、袋に入れ、その袋に消石灰を満たして海に沈めて死刑にするように言った。しかし、死刑に当たった船長が、以前、床屋アブー・シールの浴場を金の無いときに使わせてもらった恩があったので、離れ小島に床屋アブー・シールを匿い、袋だけを海に沈めた。王は城の窓から袋が沈むのを見ていたが、そのとき誤って魔法の指輪を海に落としてしまった。その魔法の指輪は、手を振ると指輪から稲妻でて、前にいる者の首を刎ねることができるというものであった。

床屋のアブー・シールは離れ小島で釣りをして魚を食べて過ごしたが、釣った魚から王のなくした魔法の指輪を見つけた。床屋アブー・シールは王に魔法の指輪を返し、脱毛剤は染物屋アブー・キールの策略だったことを言い、王の誤解を解いた。王は、染物屋アブー・キールを捕らえ、床屋アブー・シールの嘆願にもかかわらず、袋に入れ生石灰を満たし海に沈めて死刑にした。

床屋アブー・シールは王にいとま乞いをし、稼いだ大量の金を持って故郷のアル・イスカンダリアに帰る船に乗った。アル・イスカンダリアに着くと、海辺に染物屋アブー・キールの遺体の入った袋が流れ着いた。床屋アブー・シールは手厚く葬り、墓を建てた。床屋アブー・シールは幸せに暮らした。

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次回は、匂える園の道話です。

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