『三国志演義』第四十四回 孔明智を用いて周瑜を激し、孫権計を決して曹操を破る

呉夫人は孫権の決断に迷いがあるのを見て、
「決めがたい国内の事は張松に国外のことは周瑜に聞く事が良い。
と兄上が臨終の際に残したではありませぬか。」
孫権は大いに喜んで周瑜を呼び寄せた。周瑜は開戦派、降伏派の両意見を聞き冷たい笑みを浮かべていた。
夜に魯粛が諸葛亮を連れて周瑜を訪れた。そこで諸葛亮は、
「曹操は二喬、亡き孫策の妻大喬と周瑜の妻小喬が欲しいのだ。彼女たちをくれてやれば曹操は満足しましょう。」
と言って周瑜を激怒させ開戦の決意をさせた。
翌日、孫権に開戦の決意を伝えた。孫権は机の一角を剣で切り落とし、
「降伏を言う者があればこの机同然じゃ。」
と言い、その剣を周瑜に授けて大都督に封じ、程普を副都督、魯粛を賛軍校尉に封じた。
しかし周瑜は諸葛亮が恐るべき存在であると考え、魯粛を呼
んで諸葛亮を殺そうとの相談した。すると魯粛は
「魏を破らぬうちは我が身を傷つけるようなものでござろう。」
「だが、劉備の片腕ともなれば江東の禍の種になるは必定じゃぞ。」
「しからば兄の諸葛瑾に我が国に仕えるように説得させればよろしかろう。」
周瑜もこれに同意した。
周瑜に説得を任された諸葛瑾は諸葛亮のいる客舎を訪ねた。二人は涙ながらに挨拶をして語り合った。そして、諸葛瑾は、
「主人が異なるゆえ兄弟が思うように会えぬ。これでは兄弟が死ぬまで離れなかった古の賢者伯夷、叔斉に恥ずかしいとは思わぬか。」
と説得すると、諸葛亮は周瑜の差し金だなと思い、
「兄者、それは人の情でございましょう。私が守っているのは義でございます。私のお仕えするのは漢皇室のご一門にございますれば兄者の方がこちらで皇叔にお仕えいたせば漢の臣として恥ずることなく兄弟ともども暮らせます。」
と逆に言いくるめた。
諸葛瑾が失敗して帰ると周瑜は、まだまだ策があると言う。

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