立命の書 陰騭録より学ぶ!運命と宿命について

『陰騭録』(いんしつろく)とは、明代、呉江の人で、嘉靖年間から万暦年間を生き、74歳で亡くなった袁了凡(袁黄)が自己の宿命観を乗り越えて、自分から運命を創造してゆくことを悟った体験を書き記したもので、日本においても広く流布した庶民道徳の書物です。
元々は遺言として子孫に残した『了凡四訓』という内容が、後の世に伝えられて『陰騭録』となりました。
“陰騭”という語は、『書経』洪範篇にある「天は冥々の中に生民の住むべきところを騭(さだ)め、その住居をする大地をも相協(しょうきょう)す=ととのえて下さる」という言葉に由来しています。
袁了凡は、日本でいえば丁度安土桃山時代の頃に生きた人で、後世出世して高官となり、交易と漁民に被害をなす倭寇を平定したり、豊臣秀吉による朝鮮出兵の軍を退けたりしています。

そこで陰騭録ですが、ここには運命と宿命という観点で、袁了凡のわかりやすい逸話が残されています。

袁了凡は若い時分、ある占いの翁に悉く自分の運命を言い当てられてしまい、人には決まった定めがあり、それはどうすることもできないという宿命観に陥った結果、煩悩や欲望を一切捨てて生きていました。
そんなある日、雲谷禅師と出会います。
そんな袁了凡を見て雲谷禅師は感服していましたが、ある日
「あなたはお歳が若いのに似合わず、非常にお出来になっておるようだが、どういう修行をされたのか」
と問われます。
そこで袁了凡は
「別に修行なんてしておりませんが、少年のときに、これこれという次第で占いの翁に人相を観てもらって、いろいろと予言された。
 それが一つも狂わなかったので、それ以来余計な煩悩やあがきを一切止めました」
 と答えます。
それを聞いた雲谷禅師は
「なんだ、そんなことか。それではまことに君はくだらぬ男だ」
と吐き捨てて言うのです。
袁了凡がその理由を尋ねると、
「人の運命が初めから定まっておるものなら、何故に釈迦や孔子が苦労したのか。
 偉大なる人が学問修養したのは、それによって人物を創ることができるからだ。
 運命というのは変えていくもの、創造していくものだ。
 確かに”命”というものは存在するが、人はその”命”を知り、”命”を立てることができる。
 自ら立てるもの。
 人間以外のほかの動物にはできないことを人はやることができる。
 即ち真の運命とは、”命を知り(知命)”、”命を立てる(立命)”ことである。
 人とはどういうものであり、いかにすればどうなるかということを研究し、それに従って自らを創造することができるところに万物の霊長たる意味がある。
 命は我より為すものである。
 今日ただ今より、新しい人生を生きよ。」
と説かれたのです。
袁了凡は愕然として悟り、発奮して学問に励み修身勤しんだところ、占いの翁の予言したことは以降悉く外れた、という話しです。
※)袁了凡という名は、占いの翁に寿命が尽きると言われていた53才の時に改名した名前。

この体験を基に袁了凡が人の運命論を説く書物、これが陰騭録となる訳です。

人が浅はかで無力であると、宿命に引き摺られた生き方になります。
人が本当に磨かれてくると”運命”に、即ち自分で自分の”命”を創造することができます。
そのためには、人は一生を通じて切磋琢磨し、学問修養しなければならないということです。
”禍福はすべて己より求めるものである”ということを悟り、陰隲つまり”自然の支配する法則を、人間の探究した法則に従って変化させてゆく”ことを志して自らの運命を切り開くこと”立命”こそが、何もより肝要だということなのです。

立命の学
・真剣になれば厳粛になる
・運命とは常に変化するもの
・一切の福は努力によって得られる
・薄相も心掛けによって変えられる
・「義理再生」の教え
・無念無想の心境に霊験が宿る
・逆境にこそ古教に学べ
・天命は行によって変化する
・慎むことを忘れてはならない

謙虚利中
・満は損を招き、謙は益を受ける
・謙虚の徳
・人間ができてくれば風采も変わる
・益喪三友、損者三友
・謙虚こそ成長の源
・智恵とは良心の輝き
・命を造るは天、命を立てるは人
・福を造るにはまず志を立てるべし

積善
・人類永遠のテーマ―「運命」と「立命」
・積善の家に必ず余慶あり
・瀕死の者を助ける
・貧しき者に施す
・賊でない者を救う
・好んで善事を行う
・誠心より人命を助ける
・善事に自ら努め励む
・財を捨てて貧者を賑わす
・無実の者を救う
・真心は天に通じる
・囚われの者のために力を尽くす
・善を行う要諦
・善行の大略十類
・人の為に善を成す
・愛嬌で心を養う
・人の美を成す
・人に勤めて善を為さしめる
・人の危急を救う
・大利になることを興し建てる
・財を捨てて施しをする
・正法を護持する
・身分の高い人・年長の人を尊敬する
・物の命を愛惜する

改過
・禍福吉凶はまず心に兆す
・恥を知れば必ず敬を知る
・畏れる心は敬の心に通じる
・勇心をもって過を改める
・道理が明らかになれば過は消える
・過悪は心によって起こり心によって改まる

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雲谷禅師は、了凡に一冊の「功過格」を渡し、彼に毎日の行いを記録するように言い渡します。
善事をしたら点数を足し、悪事をしたら点数を減らすように書き記すことで、毎日過ちを治すことを促した訳です。
この方法は事と理の観点から見れば”事”(実際の物事や行い)から治す方法で、”理”(道理や心の動き)から治すよりも、道徳規範として人の道を教えるには効果のある方法ではあります。
以下に功過格の一覧を示しますが、ご覧になるとお分かりのように、その精神は今の時代でも十分に実践できる内容が盛り込まれていると思います。

【【参考:「功過格」】】

【「功過格」功徳・善行一覧】
積む功徳の点数 その功徳がある行いの内容
1 お金を布施し、災難などで困った人に衣食住などを助ける。
1 棺桶を買うなど葬式さえできない貧乏の人に施す。
1 お香、蝋燭、光など照明、灯油などを三宝にお供えする、またはお茶などを施す。
1 三宝の寺院または三宝のご像を修繕、建築する。
1 橋、道路を修繕、建築する、川を疎水する、井戸を掘り出すこと。
1 人から預かった金やモノを信用に忠実にし、横領しない。
1 人々に布施し、功徳を積むように勧める。
1 土地や財産などを争わない、譲ること。
1 貧乏で借金を返せない人を助けて、借金を返しってあげること。
1 不正当な財産やお金を受け取らない
1 落とし物をねこばばしないで、返すこと
1 人にお金を貸したが、その人は貧乏で、とても返せないであれば、そのお金の返済をもう彼に求めない。
1 僧侶にまたは自分自身が経文を唱え、ご霊を済度する
1 一つ小さい湿生の命を救う。
1 一つの命を放して活かせる。
1 自分で死んだ鳥類の死骸を埋葬してあげること。
1 自分のためにわざわざ殺した動物や魚の肉を食べない
1 動物や魚などを殺された時の声を聞こえると、それを食べないこと。
1 動物や魚などを殺されている場面を見ると、それらの肉を食べないこと。
1 ベジタリアンにならなくても、一日でも肉や魚を食べずにしたこと。
1 人の悩みを聞いてあげ、解決するのを助けてあげること。
1 人や動物の一時の疲れや悲しみなどから解放させるため、手伝って休ませてあげること。
1 乞食などを断らない。
1 一人の僧侶を供養してあげること
1 一人の僧侶に食事を供養してあげること
1 字が書いてある紙などを拾って、畳んで、ゴミ箱にいれること。
1 十人以上の人に利益を与えるよいことをすること。
1 よい法を講演し、十人以上の人に悟らすこと。
1 阿弥陀仏様の名号を一千回以上唱えること
1 懺悔し、100回礼拝すること
1 一巻のお経文を唱えたこと
1 人に善行を勧める書物を勧めたり、施したりすること
1 薬を施す
1 一人の人間を寒さから救い出すこと
1 帰る家がない人に一晩を止めさせてあげること
1 一人飢えの人に食事などを施してあげること
1 一人の人間を他人に悪いことをするのを止めさせること
1 一人の人間に争わないように説得すること
1 一人の人間の欠点を隠した事
1 一人の人間の長所を賞賛したこと
3 自分で死んだ家畜の死骸を埋葬してあげること。
3 蚕の養殖業、漁業、狩人、屠畜業をする人に転職するように勧める
3 叱るべき一人に叱責を免除してあげる。
3 耳障りの一言を耐えたこと
3 誹謗をうけでも弁解しないこと
3 人に理不尽のことをされても怒らないこと
5 人のためにもう働けない家畜の命を助けてあげたこと
5 お供えのときは殺生しないで無病息災のために祈祷すること。
5 一人の賢者、善良な人に供養すること
5 人の悪いとこを他の人に言い散らすのを勧戒し止めさせること
5 医学などを使って一人の軽い疾病を治してあげること。
5 命や健康長寿に用益の方法を本にすること
5 一人の人間に命、健康などに用益の方法や技能を伝えてあげること。
5 訴訟を起こした人にそれを取りやめるように説得する
10 また人のために働ける家畜を助けてあげること。
10 女中さんへの接する態度や待遇などをよくしてあげること
10 自分には使える財力と勢力があっても、それらを使わないこと
10 道徳高い言葉を発すること
10 医学など方法をつかって、一人の重病人を治癒してあげること
10 衆生のために経文や方法などを編集したこと
10 ある地区に危害を加える悪人を取り除くこと
10 道徳が高い人を推薦したこと
30 一人の人間の道徳の修行を成就してあげること
30 捨て子を養育してあげること。
30 離婚寸前など破綻中など、またはほかの理由で別れ離れになった夫婦を仲直りさせ、または会わせて仲良く暮らせることをさせたこと。
30 受戒弟子を済度することができた
30 一人の悪人に悪いことをやめさせ、良いことをするように変えさせること
30 貧乏で家族を埋蔵する場所や墓地さえない人に、墓地用の土地を布施してあげること。
50 庶民に利益をもたらす言葉を発すること。
50 一人の人間の冤罪を晴らさせる。
50 一人の人間を重い罪から救い出すこと。
50 あちこち流浪するホームレスの一人を助けてあげること
50 引き取り手のない遺骸を埋葬してあげること。
50 身寄りのない人の者を収容し世話すること
50 愛欲の環境に陥ながら、愛欲に染められることがなく、清らかに保てること。
50 胎児を中絶しないこと
100 一つの家の家系を絶やさないようにすること
100 人が子供を溺愛するのを止めること、または子供を溺れさせるような虐待を止めること
100 一人の女性に貞節を守らせる
100 一人の者を死亡から救い出すこと。

次はその悪事の方の一覧です、これらをすれば、自分の徳が欠けて、悪事の積み重ねになる、悪業として計上されるということです。

【「功過格」過ち・悪行一覧】
減点される点数 過失、悪事の行いの内容
-1 畜殺用の刃物や漁網など殺生の道具を販売すること、
-1 物を販売するとき、商品の重さなどを、水増しなどし、取引先を騙して利益を得ること。
-1 三宝のご像及び仏殿、法会、法事などの什器備品を廃棄し、壊したこと。
-1 自分の権力を利用して、不正に利益を要求したり、巧みに得するようなことをしたり、人の物や財産などを不正に取ること。
-1 預かった物や財産などを信用守らず、自分のものにしたこと。
-1 借りたお金を約束の期日に返さない、約束したことを守らない。
-1 団体の中に、皆に背くような自分だけ利益を手に入れ、団体や他人の財産を勝手に使い、彼らに損失させる
-1 一つ小さい湿生の命を殺したり、または動物の巣を壊したり、その卵を割ったり、赤ちゃんを取ったりしたこと。
-1 人類のために働く動物の肉を食べること。
-1 着ている服は清潔ではなく、または自分の身分、いる環境場所や場合に合わない服装を着たとき。
-1 お酒、肉や五辛(葱、大蒜、らっきょう、韮、玉葱)を食べて、キツイ臭いの口でお経文を唱える、または三宝の場所に上がること。
-1 一人の乞食を断った。
-1 一人の僧の乞食を断ったこと
-1 お経文を唱えるときに、一文字を間違ったり、漏れたりすること。
-1 飢えや寒さに耐えている人に出会った時に、その人にて助けなどをしなかったこと。
-1 酒に酔って、人に失礼なことをしたこと。
-1 信用を守らず、約束を破ったこと。
-1天が人間に授かったお米など五穀などの食べ物をむやみに廃棄したり、粗末したりしたこと。
-1 人類に用益や善行を勧める内容を書いてある文字や紙をわざと捨てること。
-1 物の所有者に聞かずに、例えば、針一本、草一本でも与えられてないものを勝手に取ったこと。
-1 家事使用人または人間のために働く家畜などに、その苦労を憐憫の気持ちを持たず、彼らをコキ使いしたこと。
-1 恐怖、憂慮、不安などしている人を見て、慰めないこと。
-1 人が小さいものを盗むのを見て、それを勧戒し、止めさせなかったこと。
-1 違法や道徳を違反する悪いことをする人に、その悪いことへの手助けをしたこと。
-1 心中に誰かに対して怨恨な気持ちを持ち、その人に害を加えしょうとする報復の気持ちを持ったこと。
-1 一人の人間に殴り合いや喧嘩など争いことを唆したこと。
-1 一人の善行を隠したこと。
-3 いろいろ余分に追い求めること。
-3 自分の意に沿わないときに、まず自分自身を反省せず、逆にすぐ天を恨み、人をとがめる、不満の原因はすべて他にあるようにすること。
-3 富貴の人を見ると、不善な気持ちでその人が貧賎になるように願ったこと。
-3 利益、財産、名誉などを失う人を見て、他人の災難、不幸など災いを見て喜ぶこと。
-3 人が悩みあると知り、心が爽快になること。
-3 人の成功することをわざと邪魔したり、破壊したりすること。
-3 一人の智慧または知識が少ない、経験が浅い人間をいじめたり、詐欺したりしたこと。
-3 二枚舌を使って、人を仲違いさせること。
-3 一人の人間の悪事悪行を言い散らしたこと。
-3 責められるべきではない人を責めたこと。
-3 年長者や先輩などに常識や礼儀を構えず、失礼なことをしたこと。
-3 一つの、耳に逆らう忠言に怒ったこと。
-5 生き物などを残酷に死なせ、調理し、貪りに食べたりして、彼らを苦しめたこと。
-5 もう衰えて、人間のために働けない家畜などを殺したこと。
-5 友や仲間に悪言を吐くこと。
-5 不善な、淫らな、邪悪な歌詞や内容が含まれる、または人に不善なこと連想させ、誘導するような内容の歌や映画などを制作したこと。
-5 人の情欲を刺激し、淫らな、淫猥な小説、雑誌、書籍、漫画、写真などを一つ編纂し、作ったこと。
-5 道路や、橋などは、救急救難などにも使われるから、道路や橋を何らかのことをし、防いたこと。
-5 一人の病人がその病気の治療を求めてきたとき、自分がその人を救わず、断ったこと。
-5 出加えた一つの冤罪を晴らすことができるとき、またはそれを晴らす能力があるにもかかわらず、それを晴らしてあげなかったこと。
-5 人に断悪修善を勧めるすべての正法またはその経典を誹謗し、否定中傷したりしたこと。
-10 また人間に役立働ける動物の一匹を殺したこと。
-10 人間社会の道徳倫理を違反する言葉や言論を発すること。
-10 外道邪道や人に害をする邪悪の宗教を人に教えたり、宣伝したり、勧誘したりしたこと。
-10 経典を唱えるときに、心中に雑念、妄想、貪欲、瞋恚、痴などの悪事悪行のことを考えること。
-10 正法の経典を壊したこと。
-10 不正当の手段で人に勝手に私刑を施すこと。
-10 人を害する毒薬、覚せい剤などを作ること。
-10 ご両親、先生方、道徳ある賢者に悪言を発したこと。
-10 殺生の道具を一つ保管また購入したこと。
-10 不倫し、妾、愛人などを囲うこと。
-10 孤児や寡婦など弱い人間をイジメ、欺くこと。
-10 人様のお墓を掘り暴くこと。
-10 一人道徳を欠ける悪人を推薦したこと。
-10 一人の道徳高い人間を抑制し、排擠したこと
-30 飢饉災難の時には、自分だけ食料、商品などを蓄えて、災難や国難を救援せず、逆に便乗して一儲けしたこと。
-30 親子などの親密の血縁関係などある人達を仲違いさせたこと。
-30 父母や兄弟に抵触し、衝突したこと
-30 先生の教えや父母など年配者に背くようなことをする
-30 一人清浄な戒行を修める人の戒を誹謗中傷し、破らせたこと。
-30 一人の人間に訴訟起こすように唆したこと。
-30 人のプライバシーやプライベートをむやみに暴露すること。
-30 ありもせぬことや冤罪を作り上げて、人を誣告、誹謗、陥れることをする。
-50 民衆に害する言葉の一言を発したこと、または民を苦しめ財貨を涸らす,金と労働力を無駄に浪費するような政策を促成させたこと。
-50 人に不忠、不孝の大悪事を教えること。
-50 一人の人間に重罪をさせたこと。
-50 一人の人間を別れ離れにさせ、あちこち流浪し、ホームレスなどにさせたこと。
-50 人の妻、娘を、策略を使って奪い取ること。
-50 一人の遺骸を捨てたこと。
-50 一つの婚姻を破壊させたこと。
-50 中絶を一回したこと
-100 一つの家系を絶やしたこと。
-100 人が子供を溺れさせなど虐待し死なせることを賞賛したこと
-100 一人の女性の貞節を失わせたことをした。
-100 一人の人間を死なせた。