【源氏物語】 (佰捌拾玖) 椎本 第五章 宇治の姉妹の物語 匂宮、薫らとの恋物語始まる

紫式部の著した『源氏物語』は、100万文字・22万文節・54帖(400字詰め原稿用紙で約2400枚)から成り、70年余りの時間の中でおよそ500名近くの人物の出来事が描かれた長編で、800首弱の和歌を含む平安時代中期に成立した典型的な長編王朝物語です。
物語としての虚構の秀逸、心理描写の巧みさ、筋立ての巧緻、あるいはその文章の美と美意識の鋭さなどから、しばしば「古典の中の古典」と称賛され、日本文学史上最高の傑作とされています。
物語は、母系制が色濃い平安朝中期(概ね10世紀頃)を舞台に、天皇の親王として出生し、才能・容姿ともにめぐまれながら臣籍降下して源氏姓となった光源氏の栄華と苦悩の人生、およびその子孫らの人生が描かれているのです。

そんな今回は、「椎本」の物語の続きです。
a href=”http://shutou.jp/blog/post-1462/” target=”_blank”>【源氏物語】 (佰漆拾壱)第三部 はじめ 源氏没後の子孫たちの恋と人生!

第五章 宇治の姉妹の物語 匂宮、薫らとの恋物語始まる
 [第一段 新年、阿闍梨、姫君たちに山草を贈る]
 年が変わったので、空の様子がうららかになって、汀の氷が一面に解けているのを、不思議な気持ちで眺めていらっしゃる。聖の僧坊から、「雪の消え間で摘んだものでございます」といって、沢の芹や、蕨などを差し上げた。精進のお膳にして差し上げる。
 「場所柄によって、このような草木の有様に従って、行き交う月日の節目も見えるのは、興趣深いことです」
 などと、人びとが言うのを、「何の興趣深いことがあろうか」とお聞きになっている。
 「父宮が摘んでくださった峰の蕨でしたら
  これを春が来たしるしだと知られましょうに」
 「雪の深い汀の小芹も誰のために摘んで楽しみましょうか
  親のないわたしたちですので」
 などと、とりとめのないことを語り合いながら、日をお暮らしになる。
 中納言殿からも宮からも、折々の機会を外さずお見舞い申し上げなさる。厄介で何でもないことが多いようなので、例によって、書き漏らしたようである。

 [第二段 花盛りの頃、匂宮、中の君と和歌を贈答]
 花盛りのころ、宮は、「かざし」の和歌を思い出して、その時お供でご一緒した公達なども、
 「実に趣のあった親王のお住まいを、再び見ないことになりました」
 などと、世の中一般のはかなさを口々に申し上げるので、たいそう興味深くお思いになるのであった。
 「この前は、事のついでに眺めたあなたの桜を
  今年の春は霞を隔てず手折ってかざしたい」
 と、気持ちのままおっしゃるのであった。「とんでもないことだわ」と御覧になりながら、とても所在ない折なので、素晴らしいお手紙の、表面だけでも無にすまいと思って、
 「どこと尋ねて手折るのでしょう
  墨染に霞み籠めているわたしの桜を」
 やはり、このように突き放して、素っ気ないお気持ちばかりが見えるので、ほんとうに恨めしいとお思い続けていらっしゃる。

 [第三段 その後の匂宮と薫]
 お胸に抑えきれなくなって、ただ中納言を、あれやこれやとお責め申し上げなさるので、おもしろいと思いながら、いかにも誰憚らない後見役の顔をしてお返事申し上げて、好色っぽいお心が表れたりする時々には、
 「どうしてか、このようなお心では」
 など、お咎め申し上げなさるので、宮もお気をつけなさるのであろう。
 「気に入った相手が、まだ見つからない間のことです」とおっしゃる。
 大殿の六の君をお気にかけないことは、何となく恨めしそうに、大臣もお思いになっているのであった。けれど、
 「珍しくない間柄の仲でも、大臣が仰々しく厄介で、どのような浮気事でも咎められそうなのがうっとうしくて」
 と、内々ではおっしゃって、嫌がっていらっしゃる。
 その年、三条宮が焼けて、入道宮も、六条院にお移りになり、何かと騒々しい事に紛れて、宇治の辺りを久しくご訪問申し上げなさらない。生真面目な方のご性格には、また普通の人と違っていたので、たいそうのんびりと、「自分の物と期待しながらも、女の心が打ち解けないうちは、不謹慎な無体な振る舞いはしまい」と思いながら、「故宮とのお約束を忘れていないことを、深く知っていただきたい」とお思いになっている。

 [第四段 夏、薫、宇治を訪問]
 その年は、例年よりも暑さを人がこぼすので、「川辺が涼しいだろうよ」と思い出して、急に参上なさった。朝の涼しいうちにご出発になったので、折悪く差し込んでくる日の光も眩しくて、宮が生前おいでになった西の廂の間に、宿直人を召し出してお控えになる。
 そちらの母屋の仏像の御前に、姫君たちがいらっしゃったが、近すぎないようにと、ご自分のお部屋にお渡りになるご様子、音を立てないようにしていたが、自然と、お動きになるのが近くに聞こえたので、じっとしていられず、こちらに通じている障子の端の方に、掛金がしてある所に、穴が少し開いているのを見知っていたので、外に立ててある屏風を押しやって御覧になる。
 こちらに几帳を立て添えてある、「ああ、残念な」と思って、引き返す、ちょうどその時、風が簾をたいそう高く吹き上げるようなので、
 「丸見えになったら大変です。その御几帳を押し出して」
 という女房がいるようである。愚かなことをするようだが、嬉しくて御覧になると、高いのも低いのも、几帳を二間の簾の方に押し寄せて、この障子の正面の、開いている障子から、あちらに行こうとしているところなのであった。

 [第五段 障子の向こう側の様子]
 まず、一人が立って出て来て、几帳から覗いて、このお供の人びとが、あちこち行ったり来たりして、涼んでいるのを御覧になるのであった。濃い鈍色の単衣に、萱草の袴が引き立っていて、かえって様子が違って華やかであると見えるのは、着ていらっしゃる人のせいのようである。
 帯を形ばかり懸けて、数珠を隠して持っていらっしゃった。たいそうすらりとした、姿態の美しい人で、髪が、袿に少し足りないぐらいだろうと見えて、末まで一筋の乱れもなく、つやつやとたくさんあって、可憐な風情である。横顔などは、実にかわいらしげに見えて、色つやがよく、物やわらかにおっとりした感じは、女一の宮も、このようにいらっしゃるだろうと、ちらっと拝見したことも思い比べられて、嘆息を漏らされる。
 もう一人がいざり出て、「あの障子は、丸見えではないかしら」と、こちらを御覧になっている心づかいは、気を許さない様子で、嗜みがあると思われる。頭の恰好や、髪の具合は、前の人よりもう少し上品で優美さが勝っている。
 「あちらに屏風を添えて立ててございました。すぐにも、お覗きなさるまい」
 と、若い女房たちは、何気なしに言う者もいる。
 「大変なことですよ」
 と言って、不安そうにいざってお入りなるとき、気高く奥ゆかしい感じが加わって見える。黒い袷を一襲、同じような色合いを着ていらっしゃるが、これはやさしく優美で、しみじみと、おいたわしく思われる。
 髪は、さっぱりした程度に抜け落ちているのであろう、末の方が少し細くなって、見事な色とでも言うのか、翡翠のようなとても美しそうで、より糸を垂らしたようである。紫の紙に書いてあるお経を片手に持っていらっしゃる手つきが、前の人よりほっそりとして、痩せ過ぎているのであろう。立っていた姫君も、障子口に座って、何であろうか、こちらを見て笑っていらっしゃるのが、とても愛嬌がある。

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